バークレイ お多福

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プリスクール

2012/06/27 14:06 ジャンル: Category:未分類
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昨日は5歳の息子、太郎が初めてプリスクール(幼稚園の前の保育園のような学校)に登校した。アメリカでは Kindergarten(幼稚園)にいく前に殆どの子供が3歳から4歳になるとプリスクールに行く。太郎のお友達の中でも行っていないのは太郎ぐらいだろう。行かせるか行かせないか経済的な理由も重要に絡んでくるのだけどうちは夫婦で話し合っていかせない事にした。そのせいか、本当に自由気ままな毎日を過ごし成長とともにだんだん退屈になってきたのだろう。4歳になると「太郎もプリスクールにいく!マミー働きにいきなさい!」と強く言われるようになった。アメリカでは共働きが普通。そこでプリスクールも当たり前。そんな訳で私にも働け!と言い出した太郎。

でも実際に働いても本当に良いか?家にいなくても良いかと確認すると結局「家にいないとだめー」という事になる。子供だから好き勝手いって親を困らせる。。。

家にいたおかげで太郎はアメリカにいても日本語が英語よりも上達した。日本語は私の関西弁。英語は私の関西弁なまりだが。どうしてもっといいとこどりしてくれないのか?!いまからマイナー志向なのか。それも私に似てるかも。。。

今年の8月末からは幼稚園が始まるのでその前にバークレー市の学校の事務所から「プリスクールの経験のない子供対象に5週間無料のプリスクールを開校するプログラムがあるので来られませんか?」と知らせる電話が先月かかってきた。無料!もちろん私たちの返事は『YES!』だった。バークレー市は所得税が他の市よりも高い。しかし、こうやって教育などに税金が使われている恩恵を受けると税金を払うかいもあるというもの。

という事でそのプリスクール初日。太郎はいつもは私が起きるとすぐに起きてくるのに起こしても起きない!無理矢理起こして「学校行くなら起きてー!」で起き上がりなんとか登校した。
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学校の雰囲気はとてもいい。14人1クラスで先生は3人にもいる。やっぱりプリスクール行ってない子は手強いのかしら?3人の先生のうちブロンドヘアーの先生が私にいきなり日本語で話しかけてきたから本当にびっくりした!以前近所の公園で2人ぐらいアメリカ人が日本語で話しかけてびっくりしたがそれ以来の驚き。太郎は日本語の方が強いと先生に日本語で伝えるともう一人日本語しかしゃべらない男の子がいると太郎をその子のところへ連れて行ってくれた。向かい合わせに座って早速、水遊びをしている。太郎は大丈夫そうなので私たちは帰る事にした。そのとき1人の男の子が泣いていた。初めて親とはなれて不安なんだろうな。。。
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8時半から11時半の3時間。学校も終わって迎えにいった主人と太郎は帰ってきた。家に着くなりもう、ダラダラ。床に寝そべってゴロゴロしだした。「太郎は疲れてもううごけないの」といった。学校で相当、気を使ったんだろうな。なれない事をしてクタクタになったらしい。家とは違い外ではかなりいい子ぶるからなー。でもよくがんばりました!おつかれさま!明日もあさってもまだまだあるぞー!泣いていた男の子は泣き止んで太郎とも遊んだらしい。みんなで仲良くできてよかった。

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もう、5歳なのに猿の縫いぐるみ、名前もモンキーちゃんを手放さない。お出かけもなるべく一緒。あんまり汚いので先日お風呂にいれた。いつもおつかれさま。太郎にぎゅうぎゅうに抱かれて引っ張られて涙、汗、鼻水なんかつけられてもモンキーちゃんは太郎といるのがうれしそうだ。太郎に学校にはモンキーちゃん連れて行けないよ。というと「わかってる!」と返事。成長するにつれていつかモンキーちゃんを手放すときもくるんだろうな。

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この前はもう夏なのにすごく寒くてダウンコートを着て出かけた。モンキーちゃんも寒いからといって太郎は自分の懐に入れてお出かけした。





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2012年8月3日 山元加津子さんのサンフランシスコ公演会

2012/06/26 14:16 ジャンル: Category:未分類
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2012年8月3日(金)(7pm〜9:30pm)に映画「1/4の奇跡」の山元加津子さんがサンフランシスコに講演会でこられます。興味のある方は是非!是非!是非!お出かけください!!!チケットは前売り7月20日まで15ドル、それ以降は20ドルです。詳しくは下のウエッブサイトを検索してください。
山元加津子さんのサンフランシスコ講演会(http://www.gaiavolunteergroupsf.com/index.html

父の日のバーベキュー

2012/06/23 16:48 ジャンル: Category:未分類
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先日の父の日は皆さんどう過ごされましたか?アメリカでも母の日より盛り上がらない父の日ですが、我が家は毎年うちで父の日のホームパーティーをします。あまり盛大にはしなくてみんなで夕食を食べるだけです。

今年は気ぜわしくてまたもや父の日をも忘れそうになっていたところ大きい息子のヒカルから「父の日はどうする?」と電話がかかってきました。さすが我が息子!ありがとう!忘れそうだった。。。と思いながらお父さん(主人)と2人でどこかに食事に行きたかったら行ってもいいよーと私が言うと。ヒカルは自分がバーベキューを家ですると言いました。私も快くこの提案に賛成しました。

ヒカルの企画ですから私はメインをヒカルのバーベキューにお任せしてサラダなどの脇役を担当しました。お友達で奥様と子供たちが日本に里帰りしている孤独な旦那樣方、旦那様が出張で留守中の奥様と子供さんも来ていただいて今年は賑やかでした。結構準備も早く終わったのでヒカルのお手伝いでもしようと「なにしたらいい?」というと『して欲しい事はユカリがゆっくりすること!そこに座っててー』なんてまぁ、泣ける事言ってくれます。
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本当に暇なので写真を撮っていました。太郎が手伝いにきて(邪魔しにきて)もヒカルは楽しそうに一緒に豚肉を切ってたたいて平たくして野菜やチーズの具を入れて紐で巻いたものを作っています。これを裏庭でバーベキューするのでした。あー。私の父まで見に来ましたね。

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もう、お腹もすいてきて食べ始めながらメインをみんなで待ちました。良い匂いが外からしてきます。いつもは隣近所からですがこのときは家の裏庭からです。主人はアメリカ人でもバーベキューは苦手なので全く普段はしませんから。

焼けたかな?と思っても中を少し切るとまだ生焼けのところがあってやり直し。再度焼き直してできました!熱々を切り分けてみんなが待ってるテーブルへ持っていきます。
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隣の主人の妹、弟も飛び入りで、主人の妹は父親に手編みの素晴らしい毛糸の帽子をプレゼントしました。義父は上機嫌!バークレーの夏は時には涼しいのを通り越して寒いので毛糸は結構、年中役に立ちます。
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ヒカルの父に日企画、大成功でした。ヒカルおつかれさまでした。ありがとう!2年ほど前に父親(主人)と突然仲が悪くなって口もきかなくてこんなに楽しい父の日を迎えることなんか想像できなかったけど。よかった!山元加津子さんがおっしゃるように”いつかのいい日のために”いろんな嫌な事もあるんだと今は理解できます。すべてにありがとう!

ヴァイオリン

2012/06/21 15:53 ジャンル: Category:未分類
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家にヴァイオリンがある。それも違う大きさで6つぐらいある。大きい息子のヒカルが3、4歳から13歳までヴァイオリンを習っていたらしい。私は知らなかったが子供の年齢の手の大きさに合わせてヴァイオリンの大きさが色々あるらしい。家にある本当にかわいらしい小さいヴァイオリンは5歳の太郎には既に小さいかもしれない。

誰も弾かないヴァイオリンはずっと物置にしまってあって物置の掃除のときに発見された。黒いケースは埃で白くなっていて触りたくない感じだった。主人は太郎が2歳のときにもし太郎がヴァイオリンを習うようになれば使えると思って物置から家のなかに持ってきたのだった。しかし、太郎は全く興味なし。4、5歳ともなれば太郎のお友達はヴァイオリン、ピアノ、バレエなど色々な習い事をしだして楽しそうなのだけど太郎は無関心。絵を描くのが好きなので絵でも習えばどうかと勧めても『そんなところに行ったら描く時間が少なくなっていやだ』と言われた。親として周りの子供たちとあまり差ができないようにと心を砕いて色々習い事も進めるのだが結局無関心で
私の親心と思っているのも自分のエゴかともう諦めて習い事を勧めるのものもやめた。

家にお友達が遊びにきたときにみんなヴァイオリンを習っていて子供たちも一緒に弾きたいと思ったのか自分のヴァイオリンを持参して聞かせてくれた。主人も私もすごいなと感心して聞いていた。そんなときでも太郎はいつも無関心なのだったが、先日またお友達がみんなでヴァイオリンを弾いて披露してくれたときに突然、太郎が弾きたいと言い出した。それで主人が例の埃だらけをとりにいって太郎に渡したが持ち方も弾き方も習った事がないので弾けるはずもなくとても悔しい思いをしたようであった。

次の日は朝から弾き方も分からないヴァイオリンをギコギコやりだして私の耳はつらい。私もどうやって弾くかは分からないがヴァイオリンの弦とボウが垂直になればいい音が出るのをみて太郎にそれだけ教えた。それで音が出るようになって調子に乗って音もギコギコがフガフガに変わった。誰かが言っていたが子豚の鳴き声みたいだ。

台所に逃げた私はフガフガが聞こえなくなったので様子を見に行った。太郎はおじいちゃんと主人に自分が弾けるところを見せると言って自分で舞台を作り出した。ひもをここに結べだの、大きい布がいるだの用事を言いつけられて私も手伝うはめになった。客席に一つ椅子を置いておじいちゃんにまず聞いてもらう。おじいちゃんは何でもホメてくれるので気を良くして仕事をしている主人も呼びにいって今度は主人に聞かせていた。

隣の部屋で他の事をしていた私は急にヴァイオリンの音が変わってびっくりした。主人が持ち方や弾き方を教えたのもあるのだけど、長く弾いているうちにヴァイオリンが喜んでいるような感じでいい音を出してくれているように思った。楽器だってほっとかれてはいやだろう。誰かに弾いてもらいたいだろう。そんな風に思った。
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次の日は日曜日でスペシャルニーズのミュージックグループのボランティアの日だった。この日も太郎はヴァイオリンをミュージックグループに持参するといってまだ熱は冷めていなかった。私は今まで触るのも嫌だった埃だらけのヴァイオリンのケースをぞうきんで拭いた。白い埃はぞうきんにつくとなんと真っ黒だった。太郎は「太郎のヴァイオリンを綺麗にしてくれてありがとう」と言った。その言葉にもまたびっくりした。

その日の次の日からはまたヴァイオリンを触る事もなくほったらかしの状態である。三日坊主と良く言うがその通りだった。今度はいつ弾いてくれるのだろうか?とヴァイオリンさんも待っているに違いないが。。。次はいつかなと楽しみにしながら私も待とうと思う。


山元加津子さんのメルマガからいい話

2012/06/21 14:45 ジャンル: Category:未分類
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 第1049号 宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと  
                    2012年6月20日現在 参加者人数5341人
 「6/20 昨日の宮ぷー」      
このメルマガを初めて読まれる方へ 
メルマガの生い立ちをこちらのページに書いていますので、ご参照ください。
http://ohanashi-daisuki.com/info/story.html


みなさん、台風は大丈夫でしょうか? どうぞどうぞお気をつけてくださいね。
昨日、私は考えあぐねて、それでも、回りくどい言い方でしか文章をかけずに、考え
ていたことを、ほのさんかあさんは、なんと温かくそして、胸をうつ文章で、書いて
おられることでしょう。
ほのさんのバラ色在宅生活から
・・・・・
「まざまざと、見せつけろ。」
ほのさんのように「重症」を極めた障害を持つこどもが、「発達」している、という
ことを実感をもって理解できる人は世の中には少ないと思う。かあさんも、「ほのか
あさん」となるまで、そのようなことを理解できるはずがなかった。

ほのさんは、生まれてから9ヶ月間のあいだ、「我が家」に帰ることもできず、モニ
ターなどの機械音が絶えず聞こえる異質の空間、「病室」という場所で過ごした。生
後6ヶ月で、NICUから一般の小児科に転科してからの3ヶ月間は、朝から晩まで、ほぼ
毎日、かあさんもほのさんに付き添い、「病室」で過ごした。その頃のほのさんは、
青っ白い顔をして、あまり表情も感じられず、声もほとんど出ていなかった。かあさ
んはかあさんで、ほのさんをおうちに連れて帰ってから、自分が責任をもってほのさ
んを育てられるように、ほのさんのケアや、急変時の対応、機械類の扱いなどを覚え
ることに精一杯だった。

やっとの思いで、ほのさんをはじめてスイートホームに連れて帰った、4年前の夏。
看護師さんやヘルパーさんや、たくさんの人たちが1日に何度も出入し、なにもかも
助けてもらわなければ自分でできないほのさんと、そんなほのさんを自分ひとりでは
育てていけないかあさん自身を、時には悲しく思うこともあった。ところが、ほのさ
んは、「とうさんかあさん以外」の人たちと、「ケア」を通して、自分自身で関係を
築いていった。
かあさんが間にはいって、ほのさんは、こういう子です、こうされるとイヤがりま
す、などと通訳に入らなくとも、ほのさんはだんだんと、表情や顔色、声など、自分
なりの方法で、自分の力で伝え、理解されていくとともに、「ケア」してくれるたく
さんの人たちを、それぞれの話しかけ方、触り方などで覚え、理解していったのだ。

退院した当初、「とうさんかあさん以外の人から、ケアされることができるように」
という願いを持っていたのだが、それどころかほのさんは、生きていくうえで欠かせ
ない「ケア」を通して、相互的な人間関係すら築いていったのである。自分の力で動
くこともできず、話すこともできないほのさんが、「人間関係を築く」などというこ
とは、当時のかあさんには、考えられなかったことだった。お家で安定した生活を送
ることができるようになり、病院から遠ざかっていると、たまに入院した時に、ほの
さんの「ケア」がうまくいかない、という問題が起こるようになった。
お腹を押しておしっこを出すことも、排痰の動作や、吸引ひとつとっても、簡単なこ
とではないし、はじめてほのさんをみる看護師さんが何もかもうまくできるかといっ
たら、それはとても難しいことだ。

だが問題は、技術的なことや、「慣れ」ということのほかにも、もっと別な、大切な
ことがあるように感じていた。ほのさんは、病院に行くと明らかに、おうちにいると
きとは違う。表情はこわばって固く、得意のおしゃべりも少なく、声を出していても
抑揚がなく、常に叫んでいる。普段ならほとんど下げることもなく100点満点のサ
チュレーションも、突然がくんと下げる。
本人は全身で「心地の悪さ」を表しているのだが、「声にならない声」であるため、
スタッフには届かない。

入院生活から、おうちに戻っても、その「心地の悪さ」が引き起こした全身状態の悪
化はかなり長引き、昨年の秋の入院後には、大量に髪の毛まで抜けてしまった。なん
とか、そこまでほのさんが苦しむことなく入院生活を送れるように、何度も病棟に相
談したが、「おかあさんが一番だから」という一言で話が終わってしまっていた。た
くさんの、時間ごとに決められたケアを、忙しい病院にお願いすることも申し訳ない
という気持ちもあり、また、入院する機会も少ないためうまくいかなくても仕方がな
い、と思いつつも、おうちでは、新しくほのさんをみる人が来ても、それほど苦労せ
ずにほのさんと関係が築け、そのうちにケアもすんなりとやっていただけるのに、何
が病院とは違うのだろうと考えていた。

ほのさんにとって、おしっこがすっきり出た、痰がすっきり取れた、口の中がさっぱ
りとしている、お風呂にはいってきれいになったというような、ケアが行き届いて、
清潔が保たれている状態は、尿路感染を防ぐとか、無気肺や肺炎を防ぐとか、つま
り、「いのち」をまもるために重要であるとともに、「心地よい」という、とても大
切な感覚を生んでいる。ほのさんにとって、その「心地よい」という感覚は、ほのさ
んが生きている中で、とても大切な感覚なんだと思う。健康な人にとって、自分の体
が「調子が良い」という状態は、それほど本人の意識に上らないことであると思う
し、「調子が良い」ということに生きがいなど感じないだろう。

かあさんがかつて、機械がいっぱいくっついた状態で、保育器に入れられた、生まれ
たばかりのほのさんを見て、「この子はこんな状態で生きていて辛くないのだろう
か」と思ったにもかかわらず、ほのさんと接していくうちに、不思議と、「生きてい
る」ことそれ自体を、とても喜んでいるように見受けられたのは、この、「心地よい
状態」のことだったのかもしれない。そして、「心地よい状態」であるために必要な
「ケア」を通して、ほのさんは人間関係を築いているわけだから、「ケア」は、ほの
さんの生きる喜びを作り出すと共に、ほのさんの社会性を作る。

だとすれば、病院で「ケア」がうまくいかないのも納得がいく。緊急度や治療が優先
される環境で、(本来ならばいのちを守る上でも重要なはずなのだが)ひとつひとつ
のケアがおざなりにされ、ケアを行うときにも、本人に声かけがなかったり、嫌がっ
ていないか、痛くないかと様子を見ずにおこなってしまえば、ほのさんはその人と関
係を築くこともできず、ひょっとしたら「やめて」と、いつものように顔を赤くして
目を吊り上げていたかもしれないのに、気付いてもらえず、不快さだけが残り、その
うちに、「やめて」という意思表示すらできなくなってしまう。ほのさんにとっての
「ケア」の深い意味がわからずとも、少なくとも、ほのさんが「何にもわからない
子」ではないということ、本人なりの意思表示がたくさんあるということを一緒に伝
えてもらうべく、先日のレスパイト入院の際に、いつもお世話になっている訪問看護
師さんに同行してもらい、病棟で短時間のカンファレンスを開き、かあさんも参加し
た。

今回から、ほのさんのプライマリーナースになっていただいたKさんを中心に、お家
で行っている「ケア」のやり方を徹底してもらうこと、訪問看護師さんから、ほのさ
んの意思表示やサインについてお話していただき、言葉かけにもよく反応すること
や、話しかけたり、手遊びや読み聞かせなどが大好きで、そんなときには鼻息を荒く
して興奮し、楽しそうにするなど話していただいた。結果的に、これまでの入院時よ
り、ケアのやり方がおうちでのそれに近づいたこともあったが、ケア中に、「ほの
ちゃん、痛くない?」「ほのちゃん、教えてね」などの声かけをしてもらったこと
で、本人の緊張も解け、表情も緩み、看護師さんとほのさんの協力によって、ケアが
されていった。

そして、ケア以外の時にも、看護師さんたちに度々話しかけてもらったり、触っても
らう機会が増えたことで、ほのさん本人の様子が普段により近くなったばかりか、不
思議なことに、看護師さんたちが、ほのさんのちょっとした声の変化や表情の違いな
どに気付いてくれるようになっていった。
4泊5日のレスパイトを終えて帰る日には、プライマリーナースのKさんに対して、甘
えるような、安心しきった表情を見せており、これにはとうさんもかあさんもすごく
驚いた。「おかあさんが一番」それはどんな子どももそうだろうと思う。だが、ケア
に関しては、(ほのさんの胸のうちは、誰が一番かというようなホントの気持ちがあ
るのかもしれないけれど、)誰が一番かということよりも、このひとは、こういうふ
うにしてくれる、とか、このひとは、ちょっとらんぼうだけど、とってもたのしい、
とか、そんな風に理解しているのだ。

それは、相手が誰かによって、同じケアをしていても、ほのさんの反応が本当に違っ
ているので、よくわかる。
先日も、訪問看護師Nさんに対して、聞いたこともないような切ない声で「いや
だ……」と訴えている様子を見て、かあさんは、はっきり思った。ものすごく優しい
Nさんの優しさに、ほのさんはつけ込んでいる……ほのさんは、右向きをするのが、
少し苦手だ。体位ドレナージをしながら痰を出すのだが、かあさんが右向きをさせる
ときにも、一声、大きな声で「うーん」と言って嫌がることもあるが、ほとんどの場
合は、ほろりと涙を流して、ぐっとこらえている。「イヤだ」としつこく言っても、
かあさんはあまりとりあってくれないし、どうせやらなきゃならないんだ、と、ほの
さんはわかっているのだ。

だが、相手がNさんだと、そこは優しいNさん。切ない声で「イヤだ」とかわいく言え
ば、ほのちゃん、どこがいやなの?つらいけど、がんばれる、えらいね、えらいね、
と言ってくれるのを、ほのさんは知っているのだ。痰を取り終わって、体位を整える
ときも、クッションの入れ方など、完全にかあさんのやり方と同じとは言えないまで
も、そんなに嫌がるほどの違いではないのに、ほのさんは、しきりに「ちがう」「ち
がうのよー」と言う。
そして、Nさんが優しく、ほのちゃん、どこがちがう?ここ?ごめんね、かんごしさ
ん、じょうずじゃなくて。と言い、結構長いこと、そのやりとりをするのだ、毎回。

そして先日、あまりにほのさんが長いことNさんに訴えているものだから、Nさんの優
しさに、つけ込んでるんですよ~、と笑いながら話すと、Nさんも笑いながらびっく
りしていた。
びっくりされていたので、かあさんや、そのほかの人にやってもらうときの反応の違
いなどを話した。たとえば、訪問リハビリのS先生とほのさんの関係。固くなってい
る右足首を伸ばすとき。S先生は、いたかったらいってね、と言う。だから、ほのさ
んは、怒ったような大きな声で「ううーん」と言って痛がる。でも、それでもS先生
は止めないことをしっているので、ほのさんは、決して切ない声などださない。大き
な声を出しつつも、必死にこらえながら、がんばっている様子だ。きっと、これは遊
んでいるのではなくて「リハビリ」だということも、ほのさんは知っているに違いな
い。

ほのさんにとって、S先生は「先生」なのだ、きっと。かあさんと2人きりだと、それ
ほど長いことは続かない、右手を動かす動作なども、S先生が、ほのちゃん、やって
ごらんと言うと、タイミングよくやるのだ。S先生も、とてもうまく、ほのさんの意
欲を引き出してくれる。ほのさんも、「じぶんでやるたのしさ」を教えてもらって、
本当に一生懸命没頭するのだ。ほのさんが自分で人間関係を築くこともそうだが、ほ
のさんが自分で動かしたり、意欲をもって取り組む、といった発達を見せてくれると
は、ほとんど夢にも思っていなかった……。

そんな風に、これからが楽しみな、ほのさん。先日、レスパイト中に、この4月にで
きたばかりの、特別支援学校を見学してきた。ほのさんの入院している病院から目と
鼻の先のところにできて、面会に向かう途中、急に思い立って、とうさんとのぞいて
みることにしたのだ。これまで、とうさんとかあさんは、ほのさんに学齢期が来た時
にどうするか、というような話を何度かしたことがあった。
ほのさんのコンディション的な問題や、移動のリスク、ほのさんの可能性を一番引き
出せる方法を考えて、先生におうちに来ていただく、「訪問籍」がいいのではない
か、というのがとうさんかあさん共通の意見だった。

だがそんななかでも、このところのほのさんの成長の様子をみていて、なんでも自分
の思い通りにしてもらえる今の環境、おうち以外にいくととても緊張することなどと
考えると、おうちやかあさんから離れた場所で、おともだちに交じって、「順番」や
「我慢すること」、「緊張しながらも自己主張すること」を、覚えていって欲しいと
いう思いが強くなっていた。たまたま立ち寄った、真新しい特別支援学校。すでに生
徒たちの下校時間は過ぎていて、ちょこっと外観をみたら帰ろうと思っていたのだ
が、駐車場に車を入れたところ、職員の方が声をかけてくださって、ほのさんのこと
をちらっと話したら、中を案内してくださることになった。この特別支援学校は、市
内2校目で、市の、「誰もが共に暮らすための障害者の権利擁護等に関する条例」の
理念を実現するための拠点に位置づけられ、地域や近隣の幼稚園、小中学校との連携
交流を積極的に進めていくという。

まずは、校内にある、「特別支援教育相談センター」の職員さんとお話した。ほのさ
んはいま、年中さんの年齢にあたるのだが、来年、つまり、年長さんの4月から、
「就学相談」なるものが始まるという。そのほか、事務的なことなどをうかがってか
ら、校内を教頭先生に案内していただいた。日当たりが良く明るい新しい校舎、あち
こちに、こどもたちのカラフルなバギーが停まっており、下校時間は過ぎていたが、
こどもたちの楽しそうな顔が見えるようだった。
床暖房を完備、温水プールや、意思伝達装置、調理実習のお部屋など、整った設備。
小学校から高等学校までの生徒たちが、スクールバスを利用して通っており、もとも
と、「通う」ことを想定して建てたので、訪問籍の生徒はいないという。

最後に、入学式などを行う広い体育館を見せていただき、広い構内1周を終えた。ど
こもかしこもため息が出るほどすばらしく、体育館にたどり着いたときには、そこ
に、緊張した面持ちでバギーに乗っているほのさんの顔すら見えるようだった。見学
を終えて、これまで、色んなことを考えてきたとはいえ、早々と「訪問籍」がいい、
なんて結論を出してしまっていたこと、ほのさんの気持ちをちゃんと聞いたり、学校
がどんなとこなのかきちんと説明したり、見せてあげたりもしないで、どうしてそん
なことができるだろうと、愕然とした。結果的に、通うことになっても、訪問籍で
も、それは、どちらでもいいのだ。「あなたのためをおもって」なんて、勝手に決め
て、可能性を潰してしまうところだった。

いろんな選択肢があることは、喜びでもある。果敢にチャレンジすることもできる。
障害があるから「就学免除」なんて、差別というより、ナンセンスだ。かあさんは、
ほのさんに「障害」とよばれるものがあることを、気にしていないし、恥じてもいな
いし、なんていうのか、気にとめていない。でも、「ふつう」にはいかないこともよ
くわかっているから、「ふつう」に入れないことも仕方ないと思う。いろんな不自由
さがあっても、通えるかもしれない「特別支援」学校なんてところがあること、先生
がおうちまで来てくれるかもしれないこと、すごいなあ、なんて呑気に思ってしま
う。それはきっと、ほのさんには、「特別支援」などという言葉がつく学校や、ある
いは先生にきていただくことが、良い方法であり、ほのさんの居場所だと思うから
だ。

そうではなくて、人工呼吸器がついていても、医療的ケアが必要でも、普通の学校に
通いたい、という願いをもっている子どもにとって、そういう「条件」だけで、その
こがどういう子で、どんな願いをもっているか知ることもせず、「特別支援学級」や
「特別支援学校」にふりわけてしまうような機械的な「就学相談が行われ、入学先が
一方的に決められてしまうのであれば、それは全く意味が異なると思う。誰もが「ふ
つう」に生きるというのは、例えば「普通学級」に進学することではなくて、本人に
とって心地よい場所、可能性を広げられるところで過ごせるということ、そのことを
妨げられないこと、そのために必要な手助けが「ふつう」にされることなのかな。

そういう世の中なら、自信をもって胸張って、「特別支援」学級にでも「特別支援」
学校にでも、進学できるし、そこに通っているこどもたちが特異な目で見られること
もない。
だって我が家は、あの特別支援学校に通えるかもしれない、ほのさんが通えるかもし
れない、と考えるだけで、胸が踊るのだから。「重症児」や「超重症児」などとよば
れるこどもたちに接したことがなければ、なかなか理解しにくい。
だが、人はみな、障害があろうとなかろうと、病気があろうとなかろうと、発達し、
成長していく、社会的な存在なのだ。発達や成長に、「ふつう」という尺度はない。
それぞれ、だ。そのことをいま、ほのさんの成長に、まざまざと見せ付けられてい
る。
・・・・・

ほのちゃんとほのちゃんのかあさん、ありがとうございます。昨日鈴ちゃんのママが
言ってくれた「あたりまえ」ということ、「ふつう」ということには、本当に尺度な
んてなくて、「人はみな、障害があろうとなかろうと、病気があろうとなかろうと、
発達し、成長していく、社会的な存在なのだ」ということ。そのことにつきるように
も思います。

今日は病院のお父さんが「お母さんは元気やけど、お父さんは元気じゃないぞー」っ
て言われるので「どうしたのですか?」と言ったら「痛風や」と言われました。痛風
はものすごく痛い病気だって知っています。大好きな三五館の星山さんが、痛い痛
いって言われていたのを知っています。「病院に行ったのですか?」と聞いたら、
「わっしゃ病院に行くときはもう痛くてたまらんくなって、動けんくなったときや。
痛みどめ飲んでもきかんと、足の親指から他の指まで真っ赤になったら、もう動けん
のや」って。それで、昔お母さんが、いつもそんなお父さんのために、病院へお薬を
もらいに行ってくださったそうです。

お母さんとお話ししていて、「お父さん心配やね。あーあってお父さん言うてるよ。
お母さんもあーあって言って」と言ったら、お母さんも口をいっぱい動かしてあー
あって言おうとされているのがわかりました。お父さんが「母さんはわしが、痛風に
なるのよお知っとるもんな」とおっしゃるたびに、目をぎゅっとつぶって返事をされ
ていて、お父さんが「明日の朝が勝負や、明日の朝、もっと痛くなって、足にでかい
針さしたみたいに、ずきんずきんってなったらもうおしまいや」なんておっしゃるの
で、お母さんと一緒にお祈りしようって言って目をぎゅってつぶったらお母さんも目
を閉じてお祈りをされているんだなあってわかりました。お父さんの足がはやくよく
なりますように。

「どこへ行けばかっこちゃんに会えますか?」とお尋ねをいただきました。7月まで
は以下のところで講演会を開いてくださっています。6月30日は大阪で二か所、7月
1日は福井で、7月15日は香川県の高松市、そして7月16日は徳島県で講演会がありま
す。
くわしくはhttp://www005.upp.so-net.ne.jp/kakko/sakuhinten/sakuhinntenn.htm
でご覧下さいね。

かつこ

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かっこちゃんのメルマガよりいい話

2012/06/15 15:17 ジャンル: Category:未分類
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 第1044号 宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと  
                    2012年6月15日現在 参加者人数5331人
 「6/15 昨日の宮ぷー」      
このメルマガを初めて読まれる方へ 
メルマガの生い立ちをこちらのページに書いていますので、ご参照ください。
http://ohanashi-daisuki.com/info/story.html


今、私は、完全なる手芸部員になって(部員がいるわけではありませんが)毎日チク
チクしています。今は、靴下をつなぎあわせて、何かわからないものを作っていま
す。足ふきになるのか、トートバッグになるのか、いったい何になるかわからないけ
ど、チクチクしています。楽しいです。

昨日は私も宮ぷーも大好きな先輩のかずみ先生が来てくださいました。大好きなので
す。それで、かずみ先生は体育の先生なので、縄とびと前まわりとかを教えてもらお
うと思って、動画を見てもらいました。宮ぷーは「みたい」と言ってそのたびに笑う
ので、私は宮ぷーが笑うのがうれしいからうれしくなります。宮ぷーは「なわとびう
まい」と言いました。私かと思ったら、そんなはずはなくて、宮ぷーがとても上手だ
ということ。小さいときに二重跳びとかクロスする跳び方もできたそうです。私、エ
アーならできるんだけどと言って二人に見せたら、エアーでもぜんぜんできていない
のだそうです。

跳ぶときと回す時が一緒になってるそう。本当は交互にしないといけないそうです。
えー?そんな交互になんてできないよ。神業だよ。みんなすごいなあ。宮ぷーもいっ
ぱい笑って、私も大好きな先輩が来てくださったことや宮ぷーが笑っていることもう
れしくて、本当にいっぱいいっぱい笑いました。そして先輩はなんと、病院のお父さ
んとお母さんのご近所さんだったので、一緒にお見舞いにも行きました。お母さんと
はたぶん?婦人会でもお友達。声を先生がかけられるとお母さんは口を一生懸命動か
してお返事をされていました。
お友達が足湯器を送ってくださったのです。それで、チクチクするときも、パソコン
するときも足をお湯につけています。足があったかいのは幸せだなあ。だってぽかぽ
かだもの。

さわさんからメールをいただきました。
・・・・・
かっこちゃん、メルマガをいつも楽しみに読ませていただいています。僕はずっと
かっこちゃんに尋ねたいと思っていたことがあります。僕は特別病気があるわけでも
なく、障害があるわけでもなく、仕事もしているし、家族もいますが、心の中に
“もっと幸せになりたい”という気持ちをずっと持ち続けています。幸せって何か、
具体的にはわかりません。出世なのか、宝くじにでも当たることなのか、どういうこ
とを僕自身さしているのかがわからないのですが、口癖のように「何かいいことない
かなあ」と言ってしまいます。かっこちゃんは、幸せそうで、楽しそうで、メルマガ
にも「うれしい」「楽しい」「幸せ」という言葉が毎日のように並んでいますね。そ
れを読むとこんな僕でも幸せな気持ちになります。かっこちゃん、「幸せ」ってなん
でしょうね。なぜ満たされない思いがいつもあるのでしょうね。自分でもわからない
ことを質問していてすみません。これからも、メルマガ楽しみに読ませていただきま
す。
・・・・・

さわさん、私も幸せのことすごくよく考えます。私は書いてくださってるように、毎
日本当に幸せだなあと思うし、毎日楽しいことやうれしいことがいっぱいだなあと思
います。さわさん、本当に幸せってなんでしょう。生きていると、本当につらくてつ
らくて悲しくてたまらないこともありますね。大好きな父が亡くなったときも、本当
に悲しかったです。そしてやっぱりさびしくてつらかったです。そのあと、母と何度
も話したのは「しかたがないよね」ということでした。父が亡くなってしまったこと
はもうどうしようもない、仕方がないよねということでした。それから、友だちの宮
ぷーが倒れたとき、亡くなってしまうかもしれないというときも、本当に悲しくつら
かったです。けれど、助かることがわかり、回復を始め、父が亡くなってしまったこ
とも、それは仕方がないことだし、前へ進もうと思えたとき、父が亡くなったこと
も、宮ぷーが倒れたことも、やはり、そのこともいつしか日常になり、その中にも優
しかった父を思う瞬間や、宮ぷーが初めて、くしゃみをしたり、初めて、お腹がごろ
ごろ動き出したりしたときは、やっぱりすごくうれしくて幸せだった。

どんな中にも必ず幸せはあるんだなあと思いました。さわさん、私、思うのです。た
とえば、出世ができたり、宝くじが当たったら、それは、きっとうれしいし、そのと
きは幸せ。でもそのことも、毎日が過ぎていけば、それが日常になると思うのです。
そして、気がつけば、そのこと自身が幸せなんだと思えるのかなあと思うのです。
幸せが何かを知りたくて書かれた本はたくさんありますね。たとえば、「星の王子さ
ま」もそうかなあと思うのです。何が幸せなのか、大切なことは何なのかを求めて、
星を旅する王子様が気がついたことは、自分の星の中にあった日常だった。心をこめ
て、世話をした火山やバラの花のいる星へ帰ろう、自分のいるところはそこだったと
王子様は気がついたのかなと思うのです。宮澤賢治さんがずっと求めていた「幸い」
はどうなのでしょうか?

「銀河鉄道の夜」には、「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸(さいわい)になるな
ら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばん
の幸なんだろう」「僕はもうあのさそりのように、ほんとうに皆の幸のためならば僕
の体なんか百ぺん灼いてもかまわない」と言っています。宮澤賢治さんはきっと自分
だけが幸せになるなんてことはなくて、私たちはみんなで幸せになるために進んでい
るんだってそういうことを思っているのかなあとそんなことを思います。今これを書
いているときに、りさちゃんというお友達から、ひかりちゃんの写メが届きました。
そして、ああ、りさちゃんとひかりちゃんもまた、幸せについていつも教えてくれて
いるなあと思うのです。このお話は「ありがとうの花」(三五館)の中にあるお話で
す。

・・・・・
 大分での講演会でサインをさせていただいているときのことでした。一度サインを
させていただいたのに、あるご夫婦が今一度戻ってこられて、遠慮がちに、私に質問
があると言われました。
おっしゃった言葉は奥様が「家にダウン症の赤ちゃんが生まれました。かっこちゃん
にとってダウン症の子どもさんはどんな存在でしょう?」と言われました。私は大好
きな学校の子どもたち、ダウン症の子どもたちの笑顔を思い出して、それだけでうれ
しくなって、「天使のような笑顔でまわりを幸せにする、優しいお子さんたちです」
と、お話ししました。そして、先日いただいたダウン症などのお子さんの可愛い写真
がたくさん載った本をお知らせしたいなあと思いました。その本はお友達が送ってく
ださって、あまりに素敵だったので、学校に寄贈したので、お渡しはできなかったの
ですが、あとで、学校で本の題名を調べて見て、その方にお知らせしたいと思いまし
た。

 その本には、ダウン症のお子さんの写真に添えられたお父さんやお母さんや兄弟の
みなさんの、温かい言葉があふれています。たとえば、「差別はいけません」みたい
な言葉では少しも伝わらないことが、この愛でいっぱいの本を見られた方が、きっと
読まれたあと大切なことに気がつかれるに違いないと思うのです。たとえば、ああ、
なんて可愛い。なんて素敵な愛でいっぱいの子どもたちだろう、と感じるに違いない
と思うのです。

 りささんからのメールです。
〈かっこちゃん、今日のメルマガは泣きました。自分に今必要だから届いたメールに
思えてなりません。
 赤ちゃんがほしいと思いつづけて、ようやく一五年の年月のあと、四月に生まれた
赤ちゃんはダウン症の女の子でした。私がほしかったのは、ダウン症の子どもじゃな
い。誰もが羨むようなかわいらしくて、利発で、スポーツができて、一緒に連れて歩
いても誰もが振り返るようなかわいい、きれいな赤ちゃん。子どもがお腹にいる間に
は、赤ちゃん雑誌を何冊も購読し、洋服を準備し、早期教育教室を探すことにも余念
がありませんでした。

 私がどんな悪いことをしたというのでしょう? なぜこの私がダウン症の子どもを
育てなければならないのか? 私が思い描いてきた未来はどうなるの? どれだけ泣
いても受け止めることができませんでした。
 けれど主人は、すごく光をかわいがっています。かわいい、かわいいといつも抱き
上げて、ほら笑った、ああ泣いた、おむつが濡れた、と世話をやいてくれます。そし
て、光や主人につらく当たる私のことを、主人はただの一度も責めないのです。そん
な主人を見ることすらつらくて、たまりませんでした。

 かっこちゃんは書きました。「この愛でいっぱいの本を見られた方が、ああ、なん
て可愛い。なんて素敵な愛でいっぱいの子どもたちだろう、と感じるに違いないと思
うのです」と。そして、光は私たちを選んで生まれてきてくれたんだと。かっこちゃ
んはそう今朝のメルマガで書いてくれました。
 かっこちゃん、馬鹿げたことと思うかもしれませんが、言います。
「かっこちゃんは私のために、光のために、これを書いてくれたに違いない」と、そ
う思いました。まだメルマガを読んで五時間です。それなのに、私の体の細胞の中の
何かが変わりました。恐ろしい勢いで変わりました。

 光を見たら、私を見て、にっこり笑いました。この笑顔を、私はちゃんと見ていた
だろうか? 初めて光をかわいいと思いました。そう思って見たら、本当にかわいい
顔をしているのです。抱き上げると頼りなげで、こんな私を見てニコニコ笑うので
す。抱きしめると柔らかくて涙があふれました。白い肌、長いまつげ。よく見れば私
にも主人にもよく似ています。この子は私と主人に会いたくて、私たちのところに来
てくれたんだ。
 赤ちゃんが生まれたら着せようと用意したピンクの服を着せる気持ちにもなれな
かったのに、出してきて着せたらとてもよく似合いました。主人に写メを送りまし
た。「光はピンクがよく似合うよ。ほら、かわいいでしょう」という文章をつけて写
メを送りました。

 かっこちゃん、主人がね、仕事中なのに帰ってきてくれてね、私を抱きしめてくれ
たんです。「光と幸せになろうな」と。主人は私の気持ちが必ず落ち着いてくれると
知っていたそうです。私を信じていてくれたそうです。
 かっこちゃん、私の遺伝子の中にある「大好きはうれしい」をONにしてくれてあ
りがとう。今も自分の中の変化に戸惑うけれど、そばには私を見て、笑う、私たちの
娘・光がいます。
 昨日の講演会に来てかっこちゃんに「ダウン症の子どもが生まれた」と話をしてく
れたご夫婦の方に心から感謝します。すべて必要で起こったと今わかります。
 光の写メ、かっこちゃんに送ります。私の大切な可愛い光を見てもらいたいです。
信じられません。今はなりたての親バカです〉
・・・・・

りさちゃんとひかりちゃんとご主人は、毎日「うれしくて、楽しくて幸せ」な日を送
られています。りさちゃんは言います。「光が生まれたときに、こんなに不幸なこと
があるだろうかと思った、その思いがものすごく強かったからこそ、今の幸せが何十
倍にも感じられます」と。きっと本当に幸せはいつも自分の手の中にあるのです。そ
して、誰もが本当は幸せなのだと私はやっぱり思います。

今日は引き寄せ気功のやすみっちゃんが来てくださいました。今、近くにいるから行
くからねとお電話をくださったのです。私、やすみっちゃん大好きです。全国にいっ
ぱいファンの方がおられて、みなさんはやすみっちゃんが本当に大好きなんだけど、
やすみっちゃんもみなさんのことが大好きです。そして、お一人お一人をいつも大切
にされておられるんだなあと思うのです。宮ぷーのことも決して忘れないでいてくだ
さって、全国にいっぱい応援している人がいるからねといつも言ってくださいます。
やすみっちゃんは、宮ぷーがすごく元気になった、よくなったと喜んでくださいまし
た。そして、首が右にすこしずれていたよと宮ぷーに触るわけでもないのに、直して
くださるのです。やすみっちゃんのお仲間の方も三人来てくださって、ずっと引き寄
せ気功を一緒にしてくださいました。やっぱり、今日も私、すごく幸せです。宮ぷー
もきっとすごく幸せ。みなさんも幸せでありますように。

かつこ

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ます。紆余曲折があり、今は宮ぷーの願いは自分の経験を通して意思伝達装置のこと
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山元加津子さんのメルマガよりいい話3

2012/06/15 04:26 ジャンル: Category:未分類
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 第1043号 宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと  
                    2012年6月14日現在 参加者人数5332人
 「6/14 昨日の宮ぷー」      
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昨日は宮ぷーはサッカーが観たかったのです。でも、このところ毎日頑張っている車
椅子乗りもしたかったのです。「さっかーがろくじはんからあるよ」と教えてくれた
のはもう6時になるころで、スピーチカニューレを練習しているときでした。それ
で、あわててスピーチカニューレをはずして、車椅子に乗ったらもう6時10分ころで
した。痰をとったり、体が落ちないようにベルトをつけたり、靴を履いたりしている
と、どうしても、10分くらいかかってしまうのです。いつものように戸口から、ベッ
ドに向かってスタート。最初は私が手伝いながら、40分ほどかかったのです。そのあ
と、一人でほとんどできたときもやっぱり40分。でも、今日は、宮ぷーが観たいサッ
カーの時間まであと20分ほど。宮ぷーは張り切って、漕ぎ始めました。

あ、昨日よりまた上手になってる!! 親指がタイヤのガイドの上にくる回数が増え
ました。それから、力を前と言うより、押しながら前に押すこともできている回数が
増えました。私はやっぱり泣けます。漕ぐタイプの車椅子を買おうということを言っ
たとき、本当はきっとほとんどの方が賛成してくださることはありませんでした。
きっとできるって思ったけれど、でも、してみたらとてもできそうにはありませんで
した。私たちは車いすを簡単に漕ぐけれど、宮ぷーは、どうやったら進むように漕げ
るのか少しもわからなかったのです。タイヤの上に手があっても、手を前に押そうと
すると、手は滑って前に落ちてしまいます。タイヤを押すようにというと、ただ押す
だけになってしまいます。押しながら前に…口で言うと簡単だし、私たちは考えもし
ないでできるけれど、宮ぷーには少しも簡単なことじゃなかったのです。

手を重力に逆らって上げるということも、宮ぷーには簡単ではないのです。腕が上
がっても手首が下にさがってしまったり、どこに持って行っていいかわからなかった
り、宮ぷーにとって、車いすに限らず、本当にひとつひとつのことが簡単ではないの
だということを改めて思いました。でも、宮ぷーはあきらめないよ。もちろん私もあ
きらめない。今、手が上に上がって、そして、車いすのガイドの上に載った!!わ
あ、宮ぷー、載ったよ載ったよ!!そう思うと泣けます。前に押せてる、押せてる
よ!!そう思うとまた、泣けます。そして毎日毎日少しずつできるようになってい
く。そのことが本当に本当にうれしいです。

結局宮ぷーはサッカーが観たかったことも応援になったのでしょう。テレビが始まる
10分前にはベッドに戻っていました。だから、たぶん10分もかからないで戸口から
ベッドまで漕ぐことができたと思います。私は帰り道うれしくて、いつも宮ぷーのこ
とを一緒に支えてくれているひろこちゃんやまさおちゃんの声が聞きたくなりまし
た。そして電話をしました。みんないつも心から喜んでくださる。メルマガを読んで
くださっているみなさんもそうです。それがどんなに宮ぷーの励みになっているかし
れません。本当にありがとうございます。

まなぶちゃんからのメールです。
・・・・・
廃用症候群については何度聞いても、まったくその通りだと思います。「なっていく
ものではなくて、そのままにしているから作られた」という法則は、他のものにも当
てはまりますか?例えば、言葉でコミュニケーションをとるのが苦手な自閉症の子
が、言葉で会話することに重点を置かず、絵カードに重点を置くことは、言葉でのコ
ミュニケーションから遠のいていき、その結果言葉が話せなくなる。それともこの法
則とは全く違ったものでしょうか?かっこちゃん、ごめんなさい。今知り合いのお母
さんから相談を受けているのです。特別学級に通ってるお子さんで、先生から言葉を
徹底的に厳しく指導されるそうです。毎日過度のストレスを抱えて帰ってくのがわか
るそうです。私は「かおりちゃん」の話を紹介しました。かっこちゃんは言葉につい
てどう思われますか? まなぶ
・・・・・

まなぶちゃん、私はこれまですごくいっぱい失敗をしてきました。たとえば、大ちゃ
んと一緒にいたとき、大ちゃんとはいつも話のつじつまが合わないで、少しも思いが
伝えられずにいました。それから、大ちゃんの書いてくれる字がぜんぜん私には読め
ないで、「あいうえお」を10回書いてきてとか「はらだだいすけ」って10回書いてき
てねというような宿題を毎日出していたけれど、大ちゃんは少しも読めるような字を
書いてくれるようにはなりませんでした。それは、どうしてなのかなあと今思うと、
大ちゃんが私に思いを伝えたいという気持ちになれなかったこと。それから、字が必
要だという気持ちになれなかったことが原因だった気がします。

そのあと、大ちゃんと一緒にいるうちに、大ちゃんと私は段々わかり合えるように
なっていったし、それから、あるときに、大ちゃんがはっと気がついた。字って思い
を伝えられるんだねって。それからはあんなに練習しても書けなかった字をすらすら
とそして、お習字の先生が「大ちゃんの字は素晴らしいです」って褒めてくださるく
らいに素敵な字を書いてくれました。絵カードでも文字であっても、言葉であって
も、伝えることがうれしくて、便利。自分にすごく必要って思える関係の中で、思
いって伝えられるのかなと私はそんなふうに思います。廃用症候群と同じか違うかと
いうと、そのことは私にはわかりませんが、思いを伝えるとき、絵カードでも、きっ
と人は言葉を使うのじゃないかなあと思うのです。

 今日は大好きなハーティラダーの吉村さんのブログを紹介します。吉村さんは、白
雪姫プロジェクトにも参加くださっています。
まなつのみかんhttp://takaki.la.coocan.jp/
・・・・・
「ひげの殿下」
ひげの殿下 寛仁親王がご逝去された。以前から、広報誌「自立」でお悪いと伺って
いて気になっていたが、昨日訃報を聞いて、やはり驚いた。親王様には6年前、仙台
で「ありのまま自立大賞奨励賞」をいただいた。親王様直々に表彰していただいた。
親王様は障害者福祉の分野にも特にご尽力されている。でも、けっして、甘やかすと
いうものではなかった。

表彰式の時も、ともすれば、受賞者に対して、賞賛の言葉をおくられがちだが、私た
ちの時はそうではなかった。なんとおっしゃったか・・私が頂いたのは最高の大賞で
はなく、奨励賞だった。それで「これに甘んじず、大賞をもらう位に頑張れ」という
ような言葉だった。私にとって予想外の言葉だったので強烈に覚えている。でも、私
も、こんな賞をもらって良いのだろうかと、とまどっていたから変に褒められ、賞賛
されるよりも、こっちの、「まだ足りない」という意味の言葉の方が嬉しかった。
きっと親王様もそんな私の気持ちをわかってああいう御言葉を下さったのかも知れな
い。
そんなエピソードもあり、親王様のことを少し、身近に感じていただけに、昨日のこ
とはショックだ。報道によると何度も度重なる手術を受けておられ、最後は緩和ケア
を希望されていたそうだ。きっと、おくるしかったのだと思う。どうか安らかにお眠
り下さい。

「宿題」毎日、優輝に宿題をさせるのに一苦労。ひらがなの練習が優輝は苦痛のよう
だ。見ていると、ものすごくものすごく、丁寧に書いている。ふょっとでもおかしい
と、何度も書き直して・・・平均すると1文字2分ぐらいだ。いつも、見ているとい
らいらする。でもその一方で、優輝の字は、正直言ってうまいと思う。習字を習って
いるからだと思うが、特にすごいと思うのは、「あ」と「お」のカーブの終わり方を
ちゃんと区別して書いているところ。私は優輝の字をみるまで同じように思ってい
た。だからその違いを見たときはちょっと感動したし、今は優輝が書くカーブの終わ
りが、上に向かって上がっている「お」の字がすきだ。あとはもうちょっと速く書い
てくれたら言うことないのだが・・ところで、今日は、珍しく、ひらがなの練習の宿
題がなかった。いつもは2時間近くかけてする宿題もあっという間に完了。優輝もご
機嫌だった、その宿題をチェックしたママと優輝の会話に笑わされた。ママ「パンダ
の後はなんでにんじんになるとね?」優輝「そい、ダイコンばい」にんじんに見える
かぁ?

「開発開始」ようやく年明けからの仕事が一段落付きそうだ。まだ、納めてから修正
が出てくると思うが・・・。今回の仕事はめっちゃきつかった。ロータスで作られて
いたのを、開発された方が亡くなりメンテができなくなったということで、c#で移
植するというもの。なるべくそのままという条件だったので、マクロを追いかけて何
をやっているか調べながらの開発だった。一時はまぶたの痙攣になやまされたが、よ
うやく完成。ほぼ原型を再現できたと思う。納品して、息子さん達が喜んでくだされ
ば苦労もきっと吹き飛ぶだろう。

さて、今まで余裕が無かったが、これからHeartyLadderの大きなバージョンアップに
着手の予定。目標は画面を見ずにメールが楽しめる機能。さて、うまくできるかな?
依頼者のMさん、待っていてくださいね。
「テレビ出演」一昨日からnccのニュースにHeartyLadderのマイボイスの特集を組
んでもらった。今回は初めての2日連続。取材も東京まで行って下さって、本間先生
や利用者さんの声をたくさん入れて下さっていた。実際に利用して下さっている人に
お会いすることはほとんどないので、利用者さんが使って下さっている様子を見れ
て、嬉しかった。特に2日目のOさんは、本当に大切におもってくださているのがわ
かって、胸にこみ上げてくるものがあった。ほんとうにこれを作って良かったと、昨
日は眠れない位だった。

ところで、昨日の放送、ふんだんにマイボイスの声を使って下さっていた。コミケン
の様子とかカットされた部分も多く、ちょっと残念に思っていたが、それを見て納
得。マイボイスはまだ私の技術不足で全然流暢ではない。発声の速度も遅いし・・。
それでもその「声」をふんだんに使って下さった。マイボイスのことなのだから、そ
の「声」を大切にして下さったんだなぁと嬉しくなった。そして、そんな声だから、
見てくださった人の心にもOさんの言葉がより強くとどいたと思う。
また、今回の放送でもう一点、とくに、うるっときてやばかったシーンがあった。そ
れは、奥さんの名前を登録して再生したシーン。その直後のご家族のしばしの沈黙
が、色んな思いが交錯しているのが伝わってきて・・・。

ちなみに、私も昨年、データを作ってもらったのだが、真っ先に家族の名前はサンプ
リングした。優輝のは、怒っているバージョンも。あんまり言うことを聞かないとき
は、時々、最大の音で再生している。もう慣れて、逆に笑いの種にされている
が・・。今回の放送では、HeartyLadderのことを詳しく、そして深く紹介してくだ
さって、本当に嬉しかった。
願わくば、こういうソフトは必要ない方が良いのだが・・・必要とされる間は、コミ
ケンや「こころのかけはし」の仲間と一緒に開発後サポートを頑張ろうと改めて思っ
た。
・・・・・

毎日の中に、素敵なご家族のようすや、ハーティラダーの開発の様子がうかがえて、
大好きなブログです。中に出てくるMさんは、宮ぷーのこと。宮ぷーがどうしても、
メールをしたいという気持ちをかなえてくださろうとしています。すごくすごくうれ
しくありがたいです。

かつこ

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看護婦のストライキ2

2012/06/14 14:59 ジャンル: Category:未分類
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DSCN5731.jpg

今日、以前にもブログで紹介した看護婦のストライキが再びあった。今回はプラカードが前よりも凝っている。主人の妹の看護婦アンに聞いてみると知り合いの人で絵の上手な人が書いてくれたそうだ。アンが持っていたSutterの社長の写真は角がついてデビルのようになっていた。太郎が私に質問する、なぜこの写真の人はつのがあるの???
DSCN5732.jpg

SutterはNPO法人にも関わらず私腹を肥やすために一般の会社のように病院を閉鎖してリストラを行う。それですごい利益を上げている。病院や病院の特別な医療機関が閉鎖になって住んでいる場所から1、2時間もかかる病院へ患者は通院しなくてはいけなくなる。一通りはストライキの内容はできるだけ簡単に子供に説明したのだけれど分かるはずもなく、それがどうして写真の人の角と関係があるのかとさらに混乱している様子。ブラックジョーク、つまり悪い人だからこんな角が生えてもおかしくないという意味で写真に角をつけているんだと説明したが「?なんで角がはえるの?」という感じだった。説明はあきらめた。太郎も理解するのをあきらめた。
DSCN5733.jpg

息子と角の話ばかりして肝心のアンの話が聞けなかった。そろそろアンと主人が何を話しているか聞こうと思ったら、、、『マミー トイレ!』と言われた。よく、これからというときや大事な話の途中で中断せざるおえない。ストライキをやっている病院のトイレと家に帰る距離はそう変わらない気がして残念だかそこで走って帰った。子供がいるとこんな事は日常茶飯事でスケジュールは崩れっぱなしだ。おむつもとっくにとれているんだけど5歳になってもトイレの心配はつきない。外出してもトイレをまず探さないと落ち着かない。
DSCN5736_20120614142819.jpg

帰ってから主人に前回のストライキの後に改善された事を聞いた。11の病院の閉鎖予定の中で4つの病院は閉鎖を中止したらしい。今回のストライキでもしかするとここの病院に関係して閉鎖されそうな病院が閉鎖をまぬがれるかも知れないという事だった。数字的には11のうち4というのは少ない数で過半数にも達していないけど私はすごいな!と思った。0と4では全く違うし、数字や目に見える事だけではない変化が必ずあるからと思うから。

夏は涼しいバークレーだけどこのごろ本当に暑い日がつづく。日差しで顔がひりひりしてくる。そんな中、朝から夕方まで外でストライキのためにがんばっているのも本当に大変だと思うし、人によっては無駄だと思う人もいるかもしれない。いろんな評価にも負けずに自分たちの意志を貫くのはこれまた大変だろうなと思った。でも、やっぱり行動する事は自分にとっても周りにとっても初めの1歩なんだと思った。小さい事がやがて大きく花開く事はやっぱりある。そう強く思った。



初選挙と大根の葉っぱのふりかけ

2012/06/07 15:28 ジャンル: Category:未分類
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DSCN5652.jpg
私がアメリカ市民権をとって初めての選挙がありました。かっこちゃんのメルマガで知りましたが日本はAKBの選挙?があったんですか?私の選挙は今年の大統領選挙の前の大事な選挙だったのですが、それにも関わらず最近気ぜわしくてなかなかニュースも観たり読んだりしてなくて本当に知識がなかったので主人に色々聞きましたが、、主人も忙しくてあまり分からないと言って選挙に行く直前にインターネットで情報を集めて(便利な時代に感謝!)私に教えてくれました。しかし、情報が入らない候補者も多く、そんなときはもう、自分でなんとか選ぶしかないのです。反省しました。

日本の選挙とはだいぶ勝手が違い、私は係の人にいちいち聞かなくてはいけませんでした。でも、地元の人も初めてではないはずなのに聞いている人もいたので一安心。選挙に臨みました。一通り書いて投票箱に入れてから『I voted』投票しましたという文字の入ったシールをもらって主人と左胸に名札のように貼りました。実はこのシール英語、スペイン語、中国語、ベトナム語など色々な言語で書かれてるのがあったのですが、残念ながら日本語はなかったので英語にしました。

投票場は近所の公立の中学校でした。帰り道、先日の金環月食のプログで書いた主人の仕事の音がうるさいと時々苦情を言ってくる奥さんがまた全方に見えました。『また〜。。。しかもまた主人のいるときだし』正直どうしよう。。。と思ったのです。もう、開き直って私はまだ5メートルぐらいはなれているところから先に大きく手を振りました。向こうも気がついて手を振ってくれました。義母が以前教えてくれたワザです。先手を打つ。つまり嫌な相手でも相手より先に挨拶する。そうする事によって自分が優先する気持ちになるので自分が楽になる。ほとんどこれで心配していた悪い状況はなくなるのです。実は自分が壁を作っている事が多いので先手を打って自分の壁を壊しているのと同じなんでしょうね。

彼女も私も笑顔!主人はいつものまま変わりなく無表情な顔で世間話が始まります。少しの沈黙。そこで『私、今日が初選挙だったの!』というと彼女は驚いて『わー!じゃあ、市民権とれたのね!良かったわねー大変だったでしょう?』なんて話が弾んで私の市民権獲得の為に必要だったテストや面接の失敗談なんか自慢げに主人が話してみんなで大笑いになりました。ちょっと恥ずかしかったけど今日も和やかな近所付き合いができてよかった。彼女は神経質で気難しいところがあるのだけれど、きっと寂しいのよね。なんて思いながら家路につきました。

そのあと、家で夕食を友達の家族と一緒に食べたんですが、そのときの1品。大根の葉っぱのふりかけが大人気だったのでご紹介します。友達のご主人はアメリカ人なのですがご飯に大根の葉っぱのふりかけのせて、どんぶりのようにして召し上がっていました。そして日本語で『オイシー』といってくれて作り方を聞かれたのでブログに載せます。このレシピは私の父の祖母が何も食べるものがなかった戦時中に作ってくれたものだと思います。当時は油や調味料も貴重だったでしょうね。大根の葉っぱは飼料になってたか捨てられていたんでしょうね。それを父の祖母が工夫してか人に聞いてかして作ったのでしょうか。詳しい事は分からないので私の想像です。私は父にこのレシピを教えてもらいました。少しアレンジしています。

材料)
大根の葉 1本分(洗ってみずけをきる)
油(健康的な植物油)大さじ1〜2
醤油1/8カップ(25cc)〜1/4カップ(50cc)*大根の葉の量で変えてください。
みりん又は酒1/4カップ
ちりめんじゃこ 大さじ1〜2
白いりごま 大さじ1
ごま油大さじ1弱
七味唐辛子または山椒(好みで入れてください)

作り方)
1)大根の葉をみじんぎりにする。
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2)フライパンを熱して油を入れて大根の葉を強火で炒める。葉を入れるときに水分で油が飛ぶので葉を入れたら蓋をしてもいいです。飛ばなくなったら蓋を取って大根の葉から出た水分が無くなるまで5分くらい炒める。
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3)水分が無くなったところで酒、半分の醤油の順で味を付ける。そしてちりめんじゃこか鰹節(手で少し揉んで細かくしたもの)をいれる。そして白いりごまも入れて最後まで強火で炒める。
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4)そして残りの醤油(ちりめんじゃこの塩気がきついときは入れなくてもいいかもしれません)をいれて最後にごま油を入れて完全に水分がなくてパラパラの感じになれば火を止める。七味唐辛子や山椒のスパイスを入れたければ入れて混ぜてから器にもってできあがり。
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私の父は砂糖を入れたりしていましたが私はお酒をつかいます。醤油も味が薄ければ自分の好みに合わせて増やしてください。でも、なるべく健康のために減塩しましょう。



プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

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