バークレイ お多福

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山元加津子さんのメルマガから『みんないろいろで当たり前』

2013/04/29 14:04 ジャンル: Category:未分類
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かっこちゃんのメルマガの抜粋です。私もアメリカに来て本当にいろんな人がいすぎて(同じ人がいないというか)もう、慣れましたが初めは本当にびっくりしたものです。日本ではあり得ない人たちがいっぱいいます。でも、最近それでいいんだと思います。肌の色人種の違いだけではなくてファッションや態度や考え方、生活の仕方が本当に色々です。それがバークレーでは特に混ざっていますから、保守的なアメリカ人でさえビックリするでしょう。私も太郎の幼稚園で出会う親御さんたちには時々ビックリします。この前なんかモヒカン頭で鶏みたいに赤く染めてヒップホップの歌手みたいな出で立ちの黒人のパパさんと世間話をしました。幼稚園でなきゃ、誰かのパパでなきゃ絶対にしゃべらない人かも。いや!近づく事もないかもと思うのです。そして話してみるととても優しいパパさんなのでした。以下、メルマガです。

第1361号 宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと  
                    2013年4月28日現在 参加者人数6461人
 「4/28 昨日の宮ぷー」      
このメルマガを初めて読まれる方へ 
メルマガの生い立ちをこちらのページに書いていますので、ご参照ください。
http://ohanashi-daisuki.com/info/story.html


木曜日は、生徒指導推進会議という名前の出張がありました。それは、生徒指導課長
が出席する会議です。私のいる学校はとても小さな学校なので、誰でもすぐに課長に
ならなくちゃならなくて、それも、なぜだか私が学校の係として、生徒指導課長で
す。なので、出席しなくてはならないのでした。私の中には、生徒指導の先生は、ス
ポーツマンで、角刈りで、ちょっと怖そうだぞというイメージがあります。怒られそ
うとか、そばにいかないようにしようなんていうイメージもあります。でも、私はそ
うであってはならないなあと思います。みんなのことを一番知っていて、みんなのこ
とを一番守る場所の人じゃないのかなって、そんな気持ちがしているのです。

会ではいじめのことや体罰のお話などもありました。私の今いる学校は、何らかの理
由があって、地域の学校に通うことがむずかしくなったお子さん達が通っておられま
す。私は、学校へ行けなくなった子どもたちの多くはいじめられたからではなくて、
自分を守ってくれる人がいないと感じたからではないかと思ったりすることがあるの
です。自分のこと、自分の気持ちが、学校や教師に理解されていないと感じて、学校
に行けなくなってしまったりもするのじゃないか、心から学校の誰かに愛されて心配
されていると思えたら、私は、学校に行こうと思えるお子さんも増えるのじゃないか
と思ったりします。その根底は、やはり、みんないろいろで当たり前だし、みんな自
分なりの悲しみもつらさもかかえている。そんな中で、起こす行動には必ず意味があ
るんだ。いじめてしまった人にも、いじめられた人にも意味があり、体罰や、出席停
止や、そんなことでは変えられないものがあるはずだとか、いろんなことを考えなが
ら帰ってきたのです。

そして花ちゃんのブログを読み、また、今もいろんなことを考えています。花ちゃん
のブログです。
・・・・・・
フィンランドの森広場 http://finland-no-morihiroba.blogspot.jp/
「自発的」が生み出す、素敵な世界?! 今日はプラス9度まで昼間気温があがり、
フィンランド的にはもうこれは、、「ぽっかぽっかの春」!!(笑)残っていた雪も
すっかり全部消えて、お庭に最初のお花が咲きました。みんなで毎回足を止めては
「かわいいねぇ~。あ、はちさんも蜜をすいにきたね~。春だねぇ~。」と喜んでい
ます。
大体、フィンランドでは雪がまだ残ってる状態でアイスクリームキヨスクとか出始め
ますからね。どんなに気温が低かろうが、気分だけはすっかり夏になっちゃうんです
よ。フィンランド人の、そういうお楽しみを気兼ねなく焦っちゃうお茶目な所が、結
構好きです(笑)

私はフィンランドに住む日本人ですが、その逆で、日本に住むフィンランド人と言う
方ももちろんいらっしゃるわけです。そのお一人が、坂根シルックさん。通訳翻訳
や、講演活動などを本業としつつ、最近は外国人文化タレントのような感じで、テレ
ビ番組にも出演されているようです。私が一方的に存じ上げてるだけなので、シルッ
クさんは私がここに記事を書かせて頂いているとは思いもよらないと思いますが、、
失礼致します。
そのシルックさんが、朝まで生テレビの「体罰問題」を議題に話し合う回に出演され
ていたということで、そのときの彼女のコメントがネットにまとめられていました。
少し、ここにご紹介させてください。

「日本の教育で議論をするためにかけているのは、“みんな違うんだということを認
める”事だと思う。みんなが同じ、一緒じゃないといけないという風潮がありすぎ
る。これを言ったらいけないという空気がある。みんな違うからいいんだ、というこ
とをもっと知るべき」「それが人間関係を豊かにするんだ、ということ」「いろんな
選択肢があって、いろんな価値観があっていい、ということが前提にないと議論がで
きない」先日、フィンランドのこどもたちの議論のルール、というタイトルで記事を
書いたんですけれども、その中で
「誰が正しい、誰が間違ってると指差し合う対立型ではなく、同じ方向を見ながら、
互いの異なる意見に耳をしっかり傾けながら、皆にとって一番いい着地点を一緒に探
る、そんな渡り鳥型フォーメーションで議論していきたい」
そんなようなことを書きました。

でも、同じ方向を見て対話しながら飛ぶ、この渡り鳥型、多面的議論は、ここでシ
ルックさんがおっしゃるように「みんな違うんだということを認める。色んな選択肢
があって、色んな価値観があっていいのだ、という前提。」がなければ、なかなか実
現しないことです。それがないとただ、「あの人は間違ってる、私は正しい。」を追
求するだけ、お互いを指差し合うだけの一面的な議論になってしまう。。
私は最近「混ざって、開いて」という言葉を使うんですが、「混ざる」のは、実はそ
う難しいことではないのかもしれません。だって、もともとまだらにちらばって、色
んな人が混ざっている、それが社会からです。ただ「皆に住み良い」本物の混ぜこぜ
社会にするには「開いて」いなければいけない。でないと、不協和音だらけの居心地
悪い社会になってしまう。。そしてこの「開いて」の部分が、みんな違うんだという
ことがあたり前だと、自然に理解する、ということなのだと思います。

「渡り鳥型フォーメーション」と私が表現するのには、もうひとつ理由があります。
意見が交換されやすい横割り社会、というのもそうですが、渡り鳥の飛ぶフォーメー
ションは、ハの字型です。横割り社会では、上下関係や階級のありすぎは、邪魔にな
る。でも、やっぱり一番先頭に立ってゆく先を見つめるリーダーは必要なんですね。
そんなリーダーを先頭に、お互いの翼の動きが生み出す空気抵抗に乗って、みなの力
を最大限に生かし出来るだけ楽に遠くまで飛ぶ。
フィンランドの人に言ったら「そんな綺麗なもんじゃないよ~。。」
と言われそうですけど、フィンランドの横割り社会は渡り鳥型フォーメーションだ
なぁと、黒髪のアイティ、外国人である私はそう思うのです。

******
「体罰は絶対に要らない。フィンランドでは1914年から法律で体罰は禁じられてい
る。大人同士が暴力をふるうことがいけないように、あたり前に、子供に対してだっ
て暴力でやり込めるのはいけないことです。」とシルックさんは体罰問題について
語っておられました。それを読んで、ふと思い出しました。
いつだったか、ほぼ日刊イトイ新聞の糸井さんが、脳学者の池谷さんの研究室へ行か
れた時にご覧になった、脳内の神経のお話をされていました。エサやり機みたいなも
ので、マウスが自分で何もしなくても自動的に食べ物をもらうときと、エサのあると
ころに自分から行って、届くか届かないかの所にあるエサにやっとこさ手を伸ばして
触れた時の、脳内の神経の変化の違い。

記憶で書くのでいい加減ですが、自動的にエサをもらった時にはそんなことはないの
に、自分から手を伸ばしてやっとこさエサに触れることが出来た時、マウスの脳の中
のシナプスが何倍もの輝きで光り、すごい勢いでばーっとつながっていったのだそう
です。まるで、たくさんの人が手を伸ばし合って、握りあおうとするように。顕微鏡
を覗いた時に見えた、そのものすごいキラキラした「宇宙」のような風景が糸井さん
は忘れられないのだと、そんなことを確か書いておられました。
私はそれを読んで、それから、今までフィンランドの「人々の自発的決断」を尊重す
るシステムを見てきて、思うんです。
「人に無理矢理 させられた ことは、本物を生み出すことはない。持続しない。育
たない。」体罰って、結局、これじゃないかなぁって思います。「勉強したいから、
勉強する→しないと叩かれるから、勉強する。」という風に、身体的な罰を与えられ
ることで、本来の目的が完全にすり替わってしまう。

「子供達をしっかり教育したいから、時には体にもムチを打つ→ムチを打つことの出
来る権力を、自分は持っている。」と、体罰をする側にも、人間の業が、勘違いを起
こさせてしまう。。こんな風に、知らない間に起きてしまう目的のすり替わり=本末
転倒が癖になると、社会のあらゆるところから「本物の根っこ」が消えていってしま
うのではないかなぁって、思います。そこに、今の日本が抱えている問題が、たくさ
んあるような気がします。
あ~、またアイティ、話があらゆる方向に。。。なんだか、白雪姫プロジェクトにこ
んなフィンランドの森ブログがあるの、自分の言うのもなんだけど、変ですねぇ~
(笑)でもね、白雪姫プロジェクトの皆さんにいっぱい希望を頂いて、そしていっぱ
い考えさせていただくことが出来るから、全部のことがつながっているんだって思う
から、森のアイティでも出来ること、これからも考えて続けていきたいです。

一人一人が本当の意味で、あたり前のように「ありのまま」でいいと、自他ともに認
められる社会。みんなが「住み良い、生き良い」社会。そんな風になりますように!
いや、しよう!
今日もみなさんが「ありのまま」で、愛したり愛されたりして、笑っておられますよ
うに~!長々いつも読んでくださって、ありがとうございます。これからお仕事の方
は、行ってらっしゃーい!素敵な一日でありますように!
モイモイ!
じはちゅ てきに(自発的に 笑)すなばで あしょぶんでちゅ~!じはちゅ てき
はたのちいでちゅ~!
じはちゅ てきにおにいたんと うたの ごほんをみまちゅ~。まわりに くっ
しょんが いっぱいあるのはじはちゅ てきにおにいちゃんが きち を ちゅくっ
た からだって。
アイティより:二人とも、じはちゅてきに ず~っと仲良くいれたらいいね!
・・・・・・

花ちゃんありがとう。このごろ、私の心はよくフィンランドに飛んでいます。ムーミ
ンの本を読み直したりもしています。それから、お友達が読んでいた「フィンランド
かわいいデザインと出会う街歩き」なんて本を目にしたり、テレビを観ていたら、
フィンランド大使館のフィンたんというキャラクターが出ていました。フィンたん
は、ものすごく人気でツイッターもとても人気なのだそうです。その中で「もいも
い」という言葉が出て来て、私はものすごくうれしかったりもしたのです。素敵!!
いつか必ずフィンランドに出かけたいのです。

かつこ
~~~~~~~~~~~~~~
プロジェクトのページ(こちらでメルマガ登録=プロジェクト参加できます)
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携帯からは空メールを送れば登録できます。a0001012961@mobile.mag2.com
このメルマガは脳幹出血で倒れ、これまでの医学の常識では再起不能と思われていた
宮ぷーの病院での毎日を、親友の山元加津子が綴った日記からその一部を配信してい
ます。宮ぷーの願いは自分の経験を通して意思伝達装置のこと、リハビリのやり方を
工夫することで回復していくことをみんなにお知らせすること。その願いの実現に近
づくようにこのメルマガを広めることにお力を貸して下さい。お友達に転送お願いし
ます。詳しいことは、こちらのページをお読みください。
http://ohanashi-daisuki.com/info/story.html
(関連ページ)
宮ぷー レッツチャットで、今日もおはなし http://ameblo.jp/miyapu-ohanashi/
おはなしだいすき http://ohanashi-daisuki.com/
白雪姫プロジェクト http://shirayukihime-project.net/
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◎宮ぷーこころの架橋ぷろじぇくと
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Save Berkeley School Garden and Cooking !

2013/04/24 15:20 ジャンル: Category:未分類
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今日は太郎の幼稚園(小学校)で毎週1回づつGarden(学校の庭で植物の生態。動物や他の生物との関わりなど)とcooking(学校の庭で採れた野菜で料理をして食べる)の授業がある。これが今年の秋にはなくなってしまう予定だ。これはカリフォルニア、バークレー市の財政が苦しい事が大きく関わってくるのだけれど、この2つの授業はできればなくしたくないと私も強く思う。学校側やPTAなどでもこの2つの授業の継続を願う運動がつづけられている。
DSCN8150_sm.jpg

GardenとCookingの授業での効果の一つはアメリカの食生活のひどさをただす為に子供のうちから野菜に親しみ味わって健康管理ができる大人へと変わってもらう事。今、大人の又は子供の肥満が大問題になっている現状を変える手段の一つでもある。子供の野菜嫌いは親がつくると良く言われる。それも一理あるかもしれない。子供たちが野菜を食べなくても諦めずに食卓に何度も出す。そうしていつか子供たちは食べるときもある。親としてはめんどうでもこうしてだんだんと好き嫌いをなくしていく事は子供の将来にも良いと思う。学校でもどの食品が健康的かと教えている。例えば、全類粉のパンと白いパンどちらが健康的かなど。砂糖のとり過ぎは不健康。お菓子は控えて果物を食べる方が良い等。
DSCN8173_sm.jpg

私は実際にボランティアで太郎の学校にいってGarden(庭)の授業に参加した事がある。庭のベンチに子供たちと座り庭で収穫したトマトやキュウリを試食させてもらった。ただ食べるのではなくて何色?どんな形?どんな匂い?など様々な事がトマト一つから学べるのだった。そしてどんな味?酸っぱい?甘い?この味覚の感覚も大切なことだ。好き嫌いはあるにせよクラスのみんなと一つのものを共有するというのも大切なこと。スーパーマーケットで買うトマトとは色も香りも違うのだった。
DSCN8176_sm.jpg

もし、アメリカ在住の方でこのプログラムに賛同していただける方がいらっしゃるなら下記のサイトをご覧ください。そしてもしサインをしてくださる方がいたらどうぞお願いいたします。あと、600人以上のサインが必要です。
You can also sign the online petition @https://www.change.org/petitions/berkeley-unified-school-district-board-of-education-save-berkeley-school-garden-and-cooking-programs-3

More information on the program, future cuts, and the current goals of the task force can be found in the following article on Berkeleyside:http://www.berkeleyside.com/2013/04/16/berkeley-schools-cooking-gardening-programs-in-peril/

お知らせとリンゴとルバーブのタルトのレシピ

2013/04/17 14:49 ジャンル: Category:未分類
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山元加津子さんのメルマガから2つのお知らせがあります。以下メルマガの記事。


今、東京のトリウッドさんで、5月10日まで毎日「僕のうしろに道はできる」の上
映をしてくださっています。みかちゃんからのメールです。
・・・・
みなさん、こんにちは。山口美佳です。いつもありがとうございます。
僕のうしろに道はできるの関東初上映会のあと3/16(土)~5作品すべてのロー
ドショーがはじまりもうすぐ1ヶ月になります。この間、たくさん感動し、学ぶこと
がありました。この映画たちにであって、本当によかった。世界一大好き!と改めて
思います。涙もかれることなく観続けています。これから5/10(金)までトリ
ウッドでのロードショーが続きますが、毎日のロードショーにまだまだお席にとても
余裕があるのです。

どうぞ、今いちど、みなさんのそれぞれの熱い熱い感動を寄せていただき、トリウッ
ドの客席が満員になるように、愛とお力をお貸しくださるよう、心からお願いしま
す。
特に、これからあるイベントー4/19(金)ランチ会(トリウッドに要予約)、4/
29(月・祭日)守本早智子さん(ゆうさん)舞台挨拶、5/1(水)入江ふ~ちゃ
んトーク、5/4(金・祭日)岩崎やっちゃん終日トーク(僕のうしろに道はできる
のあとは、トリウッド館長の大槻さんと対談)、それと、スケジュールにはまだあり
ませんが、5/10(金)ロードショー最終日にも、〆のイベントを計画していま
す。この素晴らしい映画を生み出して、出演している監督たちのお話を映画のあと
に、お聞きするのは、またとないチャンスです。

普通、映画館でトークがあるときは、別途代金が発生するところもあるようですが、
トリウッドでは、無しというのもチャンスです!
大阪から来てくださる入江ふ~ちゃんのお話も、京都から来てくださる岩崎やっちゃ
んのお話も、ゆうさんのお話と、またと、聞くことのない渾身のお話が聞けること間
違いありません。そして、魅力的なかっこちゃんのサイン入り、宮ぷーのすてきなあ
りがとう短冊もこれらのイベントには当たります。

まだご覧になってないみなさんも、観たことあるけれど、という方も何度でもご覧い
ただきたい映画たちですので、どうぞこのイベントを中心にトリウッドに、ご参加く
ださることを、祈っています。あのトリウッドを満員にしたい!!!満員になって、
さらに皆さんと喜びを分かち合いたい!!!今週の金曜日のランチ会はゆうさんご夫
婦で申し込んで下さり、(横浜の)かっこさん、よっきー、私、あと一人お名前だけ
では、わからない方でただ今6人になりました。今週水曜午後5時で締切だそうです
が、水曜の夜にお店と確認とって、ギリギリまでOKか、聞いてくださることになりま
した。 どうか、ご参加ください、お友だちにお声をおかけください。

ブログや、フェイスブックミクシィなどで、ご紹介ください。チラシもありますの
で、お友だちにあげるよ。ムーブメント隊するよ。と、言うご連絡も引き続き大歓迎
です。いつもお願いばかりですみませんが、誘ってくださった方、参加してくださっ
た方の皆さんがもっと、うれしくてしあわせになることから世の中がすばらしくなる
ことを信じています。
ぜひぜひ、よろしくお願いします。ありがとうございます。
詳細:トリウッドHP http://homepage1.nifty.com/tollywood/ 
下北沢の映画館トリウッドの「NPO法人ハートオブミラクル祭り」カレンダー
http://www.heartofmiracle.net/(http://www.heartofmiracle.net/
・・・・

どうぞ、みなさん、私、この映画は本当にすごい映画。素晴らしい映画に作ってくだ
さってあると思うのです。ぜひぜひ、ご覧頂きたいです。
もうひとつお知らせです。映画の中でも紹介があるきんこんの会が来週あります。
柴田先生のブログから
・・・・・・
 いつも連絡が遅くなってご迷惑をおかけしています。次回のきんこんの会は4月2
0日に国学院大学横浜たまプラーザキャンパスで行います。時間は午後2時から41
0番教室です。(3月は大学に工事が入っている関係で開催できませんでした。)
 きんこんの会は、援助によるコミュニケーションで意志表示を行っている当事者の
語り合いの会です。参加は、まったく自由です。
・・・・・・
連絡先は下に書かれてあります。
http://blog.zaq.ne.jp/yshibata1958/article/501/(http://blog.zaq.ne.jp/yshibata1958/article/501/

かつこ

ここから再びお多福です。昨日のブログに出てきたリンゴとルバーブのタルトのレシピを紹介します。
まず、新聞に載っていたもとのレシピから載せます。
*Pink Apple Rhubarb Tart(ピンクアップル ルバーブ タルト)
クラストの材料
卵(大)1個
生クリーム 大さじ2〜3杯
中力粉(all purpose flour) 1と2/3カップ(1カップは240ccアメリカサイズです)
砂糖 大さじ1と1/2
塩 小さじ1/8
無塩バター 4オンス(112グラム)5ミリくらいに切り分けておく。*1オンス28グラムです。
クラストを焼くときの重しにする豆又は米など。

フィリング(タルトの中身)の材料
卵(大)2個
バニラエッセンス 小さじ1
砂糖 1/3カップ
無塩バター 4オンス(112グラム)
リンゴ (ピンクレディーがなければふじなど)
ルバーブ 6オンス(168グラム)を5ミリくらいに切ります。

*リンゴとルバーブのタルトマクロビオティック編
クラストの材料
全粒薄力粉 3/4カップ(1カップ240cc)
無漂白強力粉3/4カップ
葛粉(又は片栗粉)1/3カップ
自然塩 小さじ1/4
未精製砂糖(甜菜糖)大さじ3、4杯
紅花油(又は菜種油)1/2カップ
豆乳又は水 大さじ1から3(生地の水分が多いときは省く)

フィリングの材料
アーモンドパウダー 3/4カップ
全粒薄力粉 大さじ4
無漂白強力粉 大さじ4
ベーキンパウダー(アルミニュウムがないもの)小さじ1
自然塩 小さじ1/4
菜種油(紅花油)大さじ3
米飴 1/2カップ
豆乳 1/8カップ
バニラエッセンス 小さじ1
リンゴ1個 大きい穴のチーズグレーターですり下ろすか薄く千切り
ルバーブ1本 5ミリくらいにカット
DSCN9483.jpg


クラストの作り方
1)オーブンを170℃に温めておく。直径23センチのタルトの型やパイ皿に分量外のバター又は油を塗る。

2)新聞のレシピの方は小さいボールに卵と生クリームを混ぜておく。それから他の粉類とバターを手でおからのようになるまで混ぜる。そこに先に混ぜた卵と生クリームを入れて手でまぜる。少しドライな感じが良いが水分がもう少し欲しいなら生クリームを大さじ1足す。生地をまとめてラップに包み1時間冷蔵庫で休ませる。そのあと10分から30分室温に戻す。
マクロのクラストは粉類(粉、塩、砂糖)をまず混ぜてそれに油を入れておからのようになるまで両手ですりあわせながら混ぜる。おから状になったら豆乳を足してフォークで混ぜる。こちらも少しドライの方がいい。生地をまとめてラップに包み30分室温で寝かす。

3)寝かした生地をラップで上下にはさんでロールして5ミリくらいの厚さにのばして型にはめて余計な部分を切り落とす。クラストの底にフォークで穴をあけてその上にベイキングシートをしいてその上に豆や米をのせて170℃のオーブンで20〜30分焼く。そのあと、重しの豆や米を取り除いてまたオーブンに入れて5〜10分焼く。その後取り出して冷まして置く。
DSCN9484.jpg


4)オーブンの温度を180℃にする。フィリングを作る。新聞のレシピはボールに卵をわっていれ軽く混ぜその中にバニラ、砂糖、を混ぜておく。小鍋にバターを入れて濃いきつね色になるまで火を入れる。焦がさないように!リンゴは皮を剥いて穴のおおきなチーズグレーターですり下ろす。溶かしバターをゆっくり卵にいれながら泡立て器でかき混ぜる。その後リンゴとルバーブも混ぜてクラストの上にいれて350℃で25〜30分焼く。
マクロビのフィリングは粉類の乾いた材料と液体の材料をそれぞれに混ぜ合わせ最後両方をまぜてからすり下ろしたリンゴと5ミリに切ったルバーブを加えてまぜる。それをクラストにいれて25〜30分くらい焼く。
DSCN9485.jpg

DSCN9487_20130416131724.jpg

焼きあがって冷めたものをそのまま頂きます。新聞のレシピのフィリングの方がリンゴやルバーブの味がおもしろいです。マクロの方は全体的に優しい感じの味です。お試しください。
クラストを二度焼きするのがサクサクになるコツです。








リンゴとルバーブのタルトで87歳と6歳のお祝い

2013/04/16 14:59 ジャンル: Category:未分類
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大阪で震度6に地震があったそうで、大阪の皆さんは大丈夫でしたでしょうか?阪神淡路大震災を体験している私は本当に心配になりました。皆さんどうぞ、何事もありませんように。そして被害に遭われた方は早く日常に戻られますようにと祈っています。

アメリカではボストンマラソンの際、テロが起こったそうで、こちらも多くの方が亡くなったり怪我をされたりと本当に辛いニュースがアメリカ中に広がっています。亡くなられた方のご冥福と被害を受けられた方の速やかな回復をいのるしかありません。

DSCN9442.jpg
イースタが終わると春本番になったバークレーです。桜も満開で青空が広がります。昼になると太陽の光の強さで夏を思わせる陽気です。4月は我が家でもイベント続きです。4月2日は義理の父の87歳のお誕生日でした。都合が合わなくて今回はお誕生日のお祝いを一緒には出来なかったので、私はルバーブ(http://ja.wikipedia.org/wiki/ダイオウ属)とリンゴのパイを作る事にした。

DSCN9483.jpg

このパイのレシピは義父のとっている新聞に載っていたものです。英語の記事にも関わらず私が真剣に読んだのはサクサクのパイクラスとの作り方の秘訣が細かく書いてあったからです。私はパイを作るのも食べるのも好きですがクラスト(パイ生地)が軽くサクサクしているのが大好きです。私は乳製品のアレルギーがある為にマクロビオティックの興味を持ちマクロビオティックのお菓子を作る事が多くなりました。健康の為に家族にもバターやミルク、白い精製されたお砂糖の使用をなるべく控えるように心がけています。
DSCN9443.jpg

なので、レシピどうりに作らず、クラスとはバター抜きでマクロのレシピで作りました。しかし、焼き方は新聞記事を参考にして大成功!サクサクの暮らすとが出来ました!パイの上に載せるフィリングはレシピ通りにして作ってみました。バターを結構使いますがとても美味しかったです。義父も『Excellent!(すばらしい)』といってくれました。ホンマかいな?

4月の13日(土)は息子太郎の誕生日です。前日には学校にうちではおなじみマクロビオティックのアップルパイを太郎のリクエストでもっていってみんなでお祝いしてもらいました。甘さ控えめなので太郎以外の子供たちが食べないかと思ったけど、クラスの半分以上の子供たちは食べてくれました。反対にびっくり!アメリカのスイーツは倒れそうなくらい甘いからね。

そして、学校のお友達みんなにひまわりの種をあげてはどうかと私は思いついて主人に頼んで植木屋さんに連れて行ってもらった。そこにあったひまわりの種を殆ど買い占めてしまった。先生も入れて23人分。私のブログにも載せたがひまわりに種のあかねちゃんのお話に感動して私もひまわりを植えようと思い、また太郎のクラスメートや先生たちにも植えてもらったらあかねちゃんの活動の一部になれるかなと思ったから。あかねちゃんは世界にひまわりの花を咲かせる運動をしている。私も微力ながら応援したいと思う。

太郎にひまわりの種を配って欲しいというと彼は喜んだ。種にカードをつけようかとか色々言っているうちに時間もないので折り紙でお花を作ってはって渡そうという事になり葉っぱに送り主として太郎の名前を書いてもらった
。そして太郎は女の子はお花でいいけど、男の子は忍者の顔(なぜかすごくクラスではやってます)を作ると太郎が言い出してそうなった。出来上がりは先生も子供たちも大喜び。ひまわりの種も植えてもらいたいなと祈る。
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太郎の誕生日当日はお友達とても楽しいお誕生日になりました。当日のケーキはストロベリーコブラがいいと言ったのでそれと生クリームとアイスクリームを添えてお誕生日特別大サービス!普段はアイスクリームも滅多に買いませんからねー。
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みんなからのお誕生日プレゼントとして太郎は陶芸工房のようなところに連れて行ってもらって大きなお皿とカップに絵付けして焼いてもらった。それを当日みんなから頂いた。カップにはなんと!数字が書いてある!私は泣きそうになった。泣けば良かったのかもしれないがそういうところに意地を張って平気な振りをしてしまう。学校で数字が覚えられなくて補習を受けている太郎だが自分が6歳になって6という数字がだんだん頭に入ってきたようだが、今度は覚えていたはずの5の事を忘れてしまっている。一つはいると一つ出るのは今は太郎の脳みその容量が一杯ってことなのか?な。まぁ、補修も楽しく受けているのでゆっくりだけど前進していると思う。
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その次の日は音楽のボランティアの日だった。そこでもリンゴとルバーブのマクロビオティックにアレンジしたタルトをもっていってお祝いした。音楽グループにも乳製品を食べれないお子さんがいる。
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金、土、日と3日間お祝いをした太郎のお誕生日。これで6という数字も認識してもらえただろうか?父は日曜日に釣りにいて5匹も魚を釣ってきてくれたし。
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日曜日の夜は主人と主人の双子の弟とで自分たちのジャズのグループの練習をしていた。いつかデビューできるかも!最近は主人のギターの音色も耳が痛くならずに心地よくなってきた。上手になったのか?ギターが良くなったのか?
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いろんな事があったたのしい3日間でした。皆さんの周りも平和でありますように。この平和な日常が本当にありがたく思う。
























山元加津子さんのメルマガからブログ『夢の雫』です。

2013/04/13 14:39 ジャンル: Category:未分類
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すっかり春のようきになりましたね。ここバークレーも桜のソメイヨシノが終わって八重桜が満開です。日本でも同じでしょうか?今日のお知らせは東京のトリウッドさんで映画を上映されるときにイベントがあるという事です。是非、この機会に『僕のうしろに道はできる』の映画を見て宮プー直筆の『ありがとう』のお習字を手に入れてください!

それと、もう一つ、山元加津子さんのメルマガを一人でも多くの方達に読んでいただきたいと思います。私、お多福もブログやメールを載せていただいた事があります。そして多くの素敵なメルマガの仲間と繋がって欲しいと思います。メルマガ登録はこちらです。
ぜひ、メルマガをとってくださいとお願いしたいです。メルマガ、「宮ぷーこころの
架橋ぷろじぇくと」は http://www.mag2.com/m/0001012961.html 
携帯からは空メールを送れば登録できます。a0001012961@mobile.mag2.com
ふたつめ、情報サイト白雪姫プロジェクト http://shirayukihime-project.net/

ここから以下メルマガです。

 第1345号 宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと  
                    2013年4月12日現在 参加者人数6495人
 「4/12 昨日の宮ぷー」      
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メルマガの生い立ちをこちらのページに書いていますので、ご参照ください。
http://ohanashi-daisuki.com/info/story.html


東京のトリウッドさんがゴールデンウィーク明けまで、「僕のうしろに道はできる」を
上映してくださっているのです。東京のみなさんが、できるだけ東京方面に広めたい
と何度も集まったりメールのやりとりをして相談をしてくださっています。私も何か
したいなあと靖子ちゃんに電話をしました。そして、これから、終了までに何度か、
トリウッドさんで、ゲストを招いたトークショーなどのイベントがあるので、そのと
きに、サインをいれさせてもらった冊子やCDのプレゼント抽選をしたらということに
なりました。このあいだ、広島のインフィニティさんが提供してくださったかっこ
ちゃんの漫画本や、ハートオブミラクルさんが提供の2冊子とCDにサインを入れまし
た。宮ぷーも応援してくれるとのことで、短冊にお習字で「ありがとう」の文字を
10枚書きました。ぜひぜひ、高い確率で当選するこのイベント、いらしてください
ね。イベントの詳細は今日のメルマガの最後にくっつけますね。

昨日のこと、「結局、正直者が馬鹿をみるんだよね。かっこちゃんはどう思われます
か?」ってメールをいただきました。私は、やっぱりできるだけまっすぐにいたい
し、正直でいたいなあと思います。
 おととい、切手をコンビニで買いました。80円切手50枚を買って、それから、お昼
に食べる物やいろいろを買ったのです。レジに行ったら三千五百いくらって言われま
した。それで、はいとお渡しして、車で運転している途中に、「あれ?」って思いま
した。はちごよんじゅう。八×五は40だから、それだけで4000円のはずなのに、ど
うして三千五百円だったのかな?あ、そうか、きっとお店の方が、80円切手と50円切
手と間違われたんだなと思ったのです。それで、信号待ちでちょっと中を見たら、80
円切手が50枚でした。あれ?だったら4000円を超えるはず。不思議だなとレシートを
見たら、レシートに打ってあったのは50円かける50枚だったのです。うわ、大変。間
違って打ってある!!

もし気がつかなかったらそのままになってしまっていたかもしれないけど、気がつけ
たので、昨日の朝、少しまた早く出てコンビニに行っておはなししました。お店の方
が「えー!?確かめます。何時頃ですか?」とレジの機械で確かめてくださって、確
かにそうだったので、1500円お渡しできました。当たり前のことをしただけなのに、
店長さんも、打ってくださった女性の方も何度も何度もありがとうと言ってくださっ
て、使ってくださいと、かばんまでくださって申し訳なかったです。ああ、お金も、
ちゃんと渡せてよかったなと思いました。だって、そうしなかったら、きっとお店の
方はすごく困られたことでしょう。いただいたメールの方は、正直に言ったことで、
正直に言わなかった方よりお金の損をしてしまわれたそうです。でも、心はきっとう
れしい。できるだけまっすぐにしていると、自分のことが好きになれるよ。おばあ
ちゃんはよく「天はご存知」と言っていました。そうですね。おそらはみんな知って
る。自分の心もどうしたらいいか知っている。だから、それが一番うれしいなあと私
はそう思います。

白雪姫プロジェクトから「夢の雫」のホームページをみせていただいて、私は、いろ
んなことを思い出したり、それから、考えたりします。少しずつ抜粋させてくださ
い。
・・・・・・
ベッドサイドからの景色(11)
2013-04-09 Tue
<おばちゃんの名言>
2010年7月18日(日)
九州から母の姉が東京に来ていたので、二人をつれて奥沢病院へ妻の見舞いに行く事
にした。母の姉だから、ぼくにとっては伯母さんであるが、これがスーパーポジティ
ブな熊本のばあちゃんなのである。

4年前(2009年だったと思う)のある日、このポジティブな肥後ばーちゃんが東
京に来たときに、妻も会う機会があった。伯母さんはこの時すでに肝がんを患ってい
た。肝炎の発症を確認し、その後悪化して、肝硬変、肝がん、と移行していった。今
から約30年前のある日、どうしても身体が動かないので変だと思い、病院で検査し
たら、肝炎になっていたそうだ。これは、1950年~88年の予防注射の針の使い
回しが原因・・・というあれだ。しかし、伯母さんは、なってしまった事に文句は言
わない。そんな事にパワーを使っても意味がないと思っているタイプで「病気になっ
たのなら、今後をどうするか?それが大切だ。」という考え方だった。とにかく、未
来にしか興味がない人だった。妻も一緒に、このスーパー・ポジティブ肥後ばあちゃ
んに会った時の事です。

何の話の流れでかは忘れたけど、「貴丸。この世に病気で死ぬ人間は一人としておら
んとたい。病気は病気、命は命たい。」…という名言を妻と一緒に聞いた。がーーー
ん。すごい衝撃だった。「なるほどー。」と目が覚める思いだった。もしかしたら、
妻の乳がんの話なんかをしていて、その話の流れだったのかもしれない。伯母さん
は、自分の話はその時にはしなかったので、僕は、肝がんのことは知らなかった。
そのスーパー・ポジティブ肥後ばあちゃんである伯母さんが、妻の見舞いに来てくれ
た。奥沢病院まで、車で2時間弱。到着して妻の病室へいくと、すぐ妻の手をとり、
耳元で大きな声で「清美ちゃん!生きんしゃーい!寝とってもいいけん、生きんしゃ
い!良く今まで働いた、これからは寝ててんよかばい。病気は病気、命は命たい!清
美ちゃん、絶対生きるんよーっ!」と、声をかけてくれた。これだけ言いきってくれ
ると、なんというか、涙ながらにも清々しい。

4年前に妻と一緒に聞いたこの名言は「あれはすごい。確かにその通りだよね。」と
妻とも話をしていたので、おばちゃんの声は絶対に妻の心に響いただろうと思った。
もちろん、顔つきは、相変わらず無表情なんだけど。
僕は、色々な人に、人は支えられているのだなと、ここでも思った。声を掛けてくれ
ている伯母さんを見ながら、僕も支えられていると思った。「病気は病気、命は命」
これは真実だろう。そもそも、命がなけりゃ、病気になることも出来やしない。寿命
は天が決めることだ。僕は妻は今生で「愛を受け取る」ということを経験するために
倒れたのだと思っている。いつも、愛情を注いでばかりいて、受け取ることをしてい
なかったのではないだろうか?そう思い「今回は、寝たままで大変だけど、それを受
け取る練習をしてみよう」と声をかけている。与えるのは簡単だけど、受け取るのが
苦手の人もいるようだけど、そのために今回は、倒れることをしなくてはならなかっ
たのかも知れない。

スーパー・ポジティブな肥後ばあちゃんは、先日、3月18日の早朝に旅立った。癌
発症から約10年、笑顔だけで生きていた。たまにしか会わないけど、本当に笑って
ばかりだった。ゴッドマザーな伯母さんの3月20日の葬儀には、一族全員が集ま
り、しめやかな葬儀のあとは、賑やかな大宴会となった。最後まで、ポジティブだっ
た伯母の教え「病気は病気、命は命」これは僕の中にズドンと収まっている。妻の心
にも、しっかりとあるはずだ。生きる意味がそれぞれにあるのだろう。その生き方
を、伯母のようにしっかりと人生を生抜き全うしたいと思う。

ベッドサイドからの景色(12)
2013-04-09 Tue
<転院・入院の意味>
奥沢病院に転院してすぐに松村先生から胃瘻の設営手術を勧められた。口から食べる
能力がないので、鼻から経管栄養を流し込む管を通していたのだが、誰がどう考えて
もずっと鼻から胃へ向かった管があることは、違和感の塊だったことだろう。約4ヶ
月もの間、管が鼻から差し込まれていて、定期的に抜き出され、あらたに消毒された
管をまた鼻から差し込み直すのだ。文字で書いても、何と言うか鼻の奥の粘膜が擦れ
てきそうだ。確かにそれを考えると、胃瘻という仕組みはよいだろう。

先生はメリット、デメリットをしっかりと説明した。デメリットはまた身体に穴をあ
けることだ。しかしメリットのほうが多いこと、そして何より本人にとって、鼻から
管が入っている異物がなくなるのだから、快適になるだろうと説明してくれた。6月
6日に胃瘻設営手術をしてもらった。理論的な説明をうけて、安心して手術を受ける
ことが出来た。以前メールにも書いてあったが、松村さんは医師と患者、家族とのコ
ミュニケーションをとても大切にしてくれている。コミニュケーションをとり、互い
に理解しあうことが信頼関係だ。こういう事を<意識>し、さらに<実行>する人っ
てどれくらいいるのだろう?僕ら家族は、安心できる。本当にありがたい、幸せを感
じました。

当時の妻は、尿も自分で排泄できなかったので、管を入れていた。どうしても炎症が
起こり、尿が濁っている時には、とても心配になったものだ。奥沢病院では、経過を
見ながら尿の管を外して、自力で排泄することのトライアルを定期的にやってくれ
た。難しいと判断すると、また管をつけるのだが、ただ付けっぱなしではなく、声を
かけてトライアルをして、それを繰り返してくれた。いつの事だったのかは、僕の手
帳には記録していないが、ある日病院へ行くと、尿の管がとれていた。1週間後経っ
ても管が取り付けられることなかったので、自力で尿排泄が出来るようになったのだ
と分かった。とても嬉しかった。本当に一歩一歩だけど、こういう一歩は本当に嬉し
いことでした。

これも、きっと看護基準が25:1以下の療養病院へ行っていれば、当然人手が足り
ないので、たぶん、尿の管は付けたままとなっていたのではないだろうか?もちろ
ん、想像でしかないが。ここにも、意識不明者で治らないけど生きているので<置い
ていただける場所>としての入院と、「清美さんは若い、まだまだ可能性がある」
と、<回復へむけての場>としての入院の差が如実に表れていると思いました。何度
も同じことを書いてしまいますが、本当にここにたどり着けてよかったと思うのでし
た。(後略)
・・・・・・

「病気で死ぬ人はいない。病気は病気、命は命」なんてすごい言葉でしょう。そう
だ、そうだ、本当にそうだと思いました。そして、私たちはいつもせいいっぱい、自
分の人生を自分の寿命を生きるんだなということも思ったのでした。そして、宮ぷー
にも、よく言うことがあるのです。「学校に車いすで来ていた子どもたちのことを、
教員も誰も、病気とは思っていなかった。風邪をひいたら病気だけどそうでないとき
は、病気だって思わなかった。宮ぷーも病気ではないね。子どもたちはみんなずっと
起きていたでしょう? だから起きていようね、できるだけ座っていようね」なんだ
か少し、西嶋さんのおっしゃる意味とは違うかもしれないけど、そんなことを思い出
しました。

それから、胃ろうのことや、おしっこの管も、宮ぷーのときもいろいろなことがあっ
たなあと思いだします。胃ろうのことは、こちらから、いずれ食べるために、手術を
したいとお願いして、その間、病院を転院して手術をしていただいたのです。やは
り、胃ろうをしている患者さんは、それほど多くはありませんが、その方が安心だ
し、リハビリにもいいからと、妹さんや宮ぷーに話して、手術の方向へと持って行っ
たのでした。倒れてから4ヶ月目のことでした。そのころには、宮ぷーは、ウンとい
うような瞬きはできるようになっていたのです。胃ろうになったことで、外泊も簡単
になったと思います。今、お世話になっているところでは、鼻腔栄養の場合は外泊の
許可がおりていないように思います。

それから、おしっこの管も、取れることはないということで、一度、ためしに外して
いただいたあとは、「やはり、はずすのはむずかしいし、一生取れることはないで
しょう」ということになっていたのです。宮ぷーは、おしっこの管の入れ替えが痛く
て、不安だとまだ思いを伝えてくれてはいなかったけれど、泣きそうな顔をして教え
てくれていました。そんなある日、おしっこの管の入れ替えのために管を抜いたとた
んに、病室の壁に届くようなおしっこを宮ぷーがしたのです。そして、もしかしたら
おしっこができるようになっている可能性があるからということで、次の週、泌尿器
の先生が来られる日に、朝、管を抜いたままにして、午後の診察までに出ていたら、
それでだいじょうぶということになって、うれしいことにおしっこがでて、抜けるこ
とがわかったのでした。私も、本当に本当にうれしかったです。

最初に書いたトリウッドさんのイベントの予定です。
・・・・・・
◇4月13日(土) 15:20の回(「光彩の奇跡」)上映後 舞台挨拶 
ゲスト : 三浦喜美子さん(ハートオブミラクル副代表) 
配給チームハートオブミラクル副代表の三浦喜美子さん。
◇4月19日(金) 11:30より『岩崎靖子監督と一緒に"懇親会ランチ"』
☆参加方法☆ ご希望の方は、4/17(水)、15:00までにトリウッドまでメールで、
お名前、ご連絡先(電話番号)を明記し送信してください。
※件名に「ランチ希望」と明記ください。
※4/19(金)13:30の「僕のうしろに道はできる」をご鑑賞のお客様を対象 
☆会費☆お食事されたランチの代金をお支払いください。また、別途「僕のうしろに
道はできる」の入場料となります。

◇4月29日(月・祝) 13:30の回(「僕のうしろに道はできる」)上映後 舞台挨拶
ゲスト : 守本早智子さん(「僕のうしろに道はできる」出演)
◇5月1日(水) 16:00の回(「天から見れば」)上映後 トークイベント
ゲスト : 入江富美子さん(「1/4の奇跡」「光彩の奇跡」「天から見れば」監督)
◇5月4日(土) 11:30の回( 「1/4の奇跡」)、
16:00の回 (「天から見れば」)  終了後舞台挨拶
13:30の回(「僕のうしろに道はできる」)上映後 トークイベント
トリウッド支配人大槻さんとの対談
ゲスト : 岩崎靖子さん(「宇宙の約束」「僕のうしろに道はできる」監督)
・・・・・・

以上の日程のときに、プレゼントのくじびきがあるそうです。詳しくは下をみてくだ
さいね。
http://www.yonbunnoichi.net/saishinnews/013481.php

かつこ
ぜひ、広く知っていただきたいです。ぜひ、ぜひ、みなさんの言葉をつけて、お伝え
いただけたらと、心からお願いします。

かつこ

ひまわりの種を蒔く季節がやってきました

2013/04/10 14:00 ジャンル: Category:未分類
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DSCN6470.jpg
山元加津子さんのメルマガでヒマワリの種のあかねさんのお話がありました。どうしてあかねさんがひまわりを毎年送る運動をしているかという事が書いてあります。以下メルマガです。

今年もひまわりの種のあかねちゃんが、たくさんひまわりの種を送ってくださいまし
た。今年も、あかねちゃんのひまわりの種蒔くよという方がおられましたら、このメ
ルマガの返信に「あかねちゃんのひまわりの種がほしいです」と題名に書いて、メー
ルアドレス、住所、お名前を書いて送ってください。私からひまわりの種送らせてい
ただきますね。もしすごくたくさんメールをいただいたら、少し時間がかかるかもし
れないですが、待っていてくださいね。あかねちゃんのひまわりの種について書いた
以前のメルマガの文章があります。

・・・・・
2010/4/29
今日からゴールデンウィークです。朝起きて、いちじくと凜とお散歩に行ったので
す。雨が降っていたので、いちじくは抱っこ。(乾かすのがすごく大変という自分勝
手な理由で、雨の日はいちじくは、抱っこです)風が温かいなあと思いました。あ、
そろそろかなあと思った事があります。それは。ひまわりの種蒔き。
あかねちゃんにもらった種、引き出しを開けるたびに、「時期が来たら蒔くからね」
と声をかけていました。
あかねちゃんのこと、前にいちじくりんに書いた文章です。「宮ぷーが倒れてから、
私には新しいでも、大切なお友達がいっぱい増えたよ。
あかねちゃんもそのひとり。

あかねちゃんは、宮ぷーが意識がないといわれていたときに、メールをくれたんだ
よ。亡くなられた妹さんのめぐちゃんは、そのうんと前に、意識がないって言われて
いたときも、あかねちゃんのお母さんもあかねちゃんも、絶対に意識が戻るって信じ
ていたんだよって教えてくれたよ。それからだいじょうぶだよだいじょうぶだよって
言い続けてくれたよ。
 めぐちゃんはね、意識が戻ってから、ひまわりの絵を描いたんだって。笑顔みたい
なひまわりの絵だったんだって。
めぐちゃんが亡くなって、あかねちゃんは、そうだ、世界中にひまわりを咲かそう。
世界中が笑顔でいっぱいになるようにって思ったんだって。それで、それから、世界
中笑顔になるのが、あかねちゃんとめぐちゃんの願いだって思って、ひまわりの種を
いっぱい配ってるんだって」

それで朝、さっそくあかねちゃんにメールをしました。「そろそろかなあ。種蒔
き?」そうしたらね「ひまわりの種は5月頃~です。あー!!もうすぐ5月だね。だか
ら、そろそろ大丈夫かなあ。あかねはゴールデンウィーク明けすぐにでも蒔くよ」と
教えてくれました。ひまわりの栽培は小学校二年生の理科にも出てくるよ。そして、
私が大好きなのは、ひまわりが大きくなって種をつけたときに、その種がフィボナッ
チ数列で配列されているということなのです。フィボナッチ数列って何かというと、
インターネットで調べたら「0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144という
ふうに、どの項もその前の2つの項の和となっている」それからね。たくさんの種の
配列はうずを巻いているように見えるけど、それはものすごく美しいと言われる黄金
比率にもなっているんだって。

 ああ、神さまのされることは本当に美しいなあと思います。本当に自然って美し
い。私たちのその自然の一つ。私たちも美しいのだ。そして、あかねちゃんやめぐ
ちゃんが、いつも笑っているように、ひまわりがいつもお日様を向いてそこにいるよ
うに、私も宮ぷーもみんなもいつもいつも笑っていようね。
・・・・・

それから、あかねちゃんは白雪姫プロジェクトの中のおはなしだいすきのところに、
エッセイを寄せてくださっています。
・・・・・
http://ohanashi-daisuki.com/sp/bk02.html
エッセイ 世界中が笑顔でいっぱいになるように、ひまわりの種を配る活動をしてい
る森あかねさんです。
…*・・・
森 あかね(もり あかね)
1973年2月2日生まれ。精神病を友にして23年。主人と息子の3人暮らし。妹の17
回忌をきっかけに「世界中のみんなが笑う世界にしたい」ひまわりのたねと名付けマ
イペースで活動中。不登校を体験した事で詩を自由に書くようになる。だからこそ人
生の中で起こる事は1つも無駄はない!と信じ「いのち」と向き合いながら毎日生き
てる。

 みなさん、生まれてきてくれて、ありがとう。森あかねです。私は、「ひまわりの
たね」という、ちっちゃな、ちっちゃな、活動ですが、しています。それは、「いの
ちのつながり」を感じながらさせてもらっています。私には、妹がいました。めぐみ
といいます。生まれつきの障がいを持ち(先天性脊髄性筋萎縮症)やっとで、やっと
で、私の可愛い妹になってくれました。重度の障がいの為。社会から言えば「無理」
という事も、めぐみは「障がいがあるからって、何でも駄目なの?」と言い。小学校
にも、「お姉ちゃんと一緒の学校に通いたい」と言って、市、学校、教育委員会を、
巻き込み入学しました、高学年になる頃、肺炎になり、気管切開、意識無しの状態に
なりました。

家族は、祈りました、それから、どれだけの時間が、過ぎたでしょう。母が、病室の
カーテンを、朝あけると、大きな目で、にこっと笑い、戻って来てくれました。で
も、家族は、みんな信じていました。
 「めぐみだもん、めぐみだから大丈夫」って、意識は、回復したものの、気管切開
をしている為、言葉は、出ません。
 それでも、一生懸命意思伝達をしよう!と、文字盤を使って綴りだした言葉は「お
家に帰りたい」でした。
お医者様からみれば「夢のようなおはなし」との事でした、でも、そこはめぐみで
す。「希望」を、実現させました。

 自宅に戻ると、もう、中学生になっていました。養護学校の訪問教育で、担任の先
生から「めぐちゃん、絵描いてみない?」と言われ、寝たきりの状態、指が、曲がっ
た手に装具をつけて、描き始めました、初めて描いた絵は、大きなひまわりの絵でし
た。会話は、口の形で、読み取ったり、文字盤を使いました。でも、どうしても、上
手く伝わらない時は、「もういい」と、諦めそうになりながらも、伝えてくれまし
た、その後、2回の個展を開きました、2回目は、初めて私が、詩に挑戦して、姉妹
展になりました。
 2回目の個展の後、体調を崩し、そのまま、「ありがとう」と言い秋の空に風とと
もに登っていきました。16歳でした、人は短命と言うかも知れません。
 でも、めぐみは自分の人生を、懸命に、いのちを燃やしながら真っ直ぐに生きた人
生だったと、思います。

 私自身、小、中と、いじめにあったり、どちらかと言えば、お人と交わるのが苦手
だったり、集団行動が、苦手だったり、雨が、降ったら、「お空が、泣いてる」と
思って、全部あかねが受け止めてあげられると思っていたんです。
 母はいつも「はやく」が口癖でした、思春期を迎え、そして、度重なるめぐみの入
院、私のピンと張り詰めた糸が、プチンと、切れた瞬間でした。中3で、不登校、精
神病になりました、でも「さなぎ」いつか、蝶になる!と思い、やがて、友人の助け
もあって、春が、来ました、高校も、行きました、そして、結婚、出産、その頃、精
神病の悪化。泣いてばかりいる私に夢の中に、めぐみが、出て来ました「おねえだけ
が、辛いと思っているでしょう、めぐみがどれだけ辛かったか知ってる?」私は、
はっと、しました。

 それから、めぐみの笑顔と、ひまわりの絵が、浮かんできて、子育てもひと段落し
た頃。「そうだ!世界中のみんなが笑顔になりますように」と願いを込めて、詩の再
開、「ひまわりのたね」と名前をつけ、イベントや、お店に詩を置かせて貰って、ほ
んの少しの収益から、活動が、始まりました、絵本を、病院に贈ったり、去年は、ひ
まわりの種を、蒔いて頂いて、ひまわりを咲かせてもらいました。

 私は、かっこちゃんの書いた「きいちゃん」が大好きでした。それから、いちじく
りんを、観るようになりました。
 そこで、宮ぷーのことを、知ります、思わず私は、かっこちゃんに、「宮ぷーは、
大丈夫」だよ。と、メールを、打ち始めました。
 もう、何年も前から、知っていたかっこちゃんの事、宮ぷーが、私と、かっこちゃ
んを、繋げてくれました。そして、めぐみのときの経験があったから、本当に良かっ
たなと思えるのです、そして、めぐみが、生きていた頃、意思伝達装置は、本当に、
少なく、そして、知らない事が多かったのです、今こうして、宮ぷーを通じて知る
事、伝える事が、できて、嬉しいです。

 私は、想う、いのちといのちが、お話する時、出逢いが生まれたり、するものじゃ
ないかなー?と。。。そして、人生は、何も無駄は、無く、いのちも、誰一人とし
て、無駄は、ないのです、自身、精神病で、出来ない事も多いです、でも、出来ない
から、夢になり、叶えようと、頑張れる。人生は、ひまわりみたいにいつも、お日様
に、向かえない日もあるよね、でもね。それでも、いいんだと思うのです。
「苦しみも悲しみも、私の宝物です、私の、詩の中にこんな詩があります…

歩めばいつかは光がみえてくる
くもの上から光が差し一歩一歩ゆっくりでいい
その光の先を求めて歩めばしぜんと
あなたを必要とする誰かが待っていてくれる。。。」
「後悔することって、すごく簡単な事かもしれない
だけど今日を精一杯すごく難しい事かもしれない
どんな人も過去を背負い今日を生き
明日へとつながっていくこの広い大空のように」

 私は、ゆっくりです、でも、生きています、これが、私だから、いいのです。
宮ぷーも、宮ぷーだから、いいのです。
 これからも、意思伝達の世界が、世界へと、羽ばたきますように。。。。。
「ありがとう」。。
・・・・・

最後にあかねちゃんからのメッセージ。
・・・・
ひまわりのたね
願いは、1つ。みんなが笑う世界にしたい
種の植え時4月下旬~7月・・・開花~8月・・・
皆さんも。良かったら植えて下さい。
「ひまわりのたねのご紹介」
大好きな大好きな妹めぐみが、星になって、今年で、23回忌を迎えます。17回忌
の時から、何かできないか?と思い、詩を書いてそこから、収益が、少し出たので、
施設などに、絵本などを贈らせてもらっていました。そこから、ある時、農家の方
が、ひまわりの種をお分けしてくれたことをきっかけに、「そうだ!!」みなさんに
ひまわりの種を頂いてもらってひまわりを咲かせてもらおうと思いました。

妹は、寝たきりになりながらも、初めて描いた絵が、ひまわりでした。大きくて、お
日様に向かっていました。そんなことを思い出させて下さったのも、農家さんのお陰
です、今は、身の丈で、ひまわりの種を購入し、ほんのお気持ち程度ですが、皆さん
にもらって頂いています。めぐみは、先天性の病気でした。けれど、その命を精一
杯、輝かせていきました。生かされた時を精一杯生きました。きっと、夏には、ひま
わりが、笑ってくれると、思います。どうか、もらって下さった方、良かったら、植
えて下さい、
心から、感謝して。。。。。ありがとう。 森 あかね
・・・・

私も毎年、学校と、おうちに種を蒔いています。大きくなる年もあるし、あまり育た
ない年もあるけれど、ひまわりを観ると笑顔になります。みなさんもひまわりの種を
蒔いて、いつも笑っていて欲しいです。

かつこ

ここからお多福です。あかねちゃん、ありがとうございます。私もヒマワリの種今年もまきます。私のお友達にもまいてもらえるように種を送ります。

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素敵な人!

2013/04/08 15:29 ジャンル: Category:未分類
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今日4月6日は近所のお寺のバークレー東本願寺で花祭りのセレモニーがあった。花祭りというのはご存知の方も多いと思いますがお釈迦様のお誕生日です。もうずいぶん前に亡くなられたお釈迦様のお誕生日を祝うというか、仏教の教えを通して人々の本当の幸せや生き方を教えてくださった事に感謝するという感じのセレモニーでした。

特別な日なのでゲストが来ていました。Cheonho Yoon(チョノ ユン)さん。見た目25、6歳(実はもっと年上)という感じの爽やかな好青年でした。私は彼にあった瞬間になぜか日本から来た人だ!と思ったのです。でも、名前を伺って日本人ではないから日本から来られたのではないんだと思い直しました。が、しかし彼は在日韓国人として日本で生まれ、日本で育ち高校生で交換留学生としてアメリカに留学して日本の大学に入学して音楽を勉強してその後またアメリで修行。その後トランペット奏者として今は私たちの地元バークレーシンフォニーとバージニアシンフォニーの両方のオーケストラで活躍されているという事でした。詳しくは(http://www.cheonhoyoon.com/)をご覧ください。

彼は第一印象通り日本からやってきた人でした。花祭りのゲストとしてお寺で自己紹介やトランペットの種類や道具について説明しながら演奏もしてくれました。初めの曲は『さくら』でした。以前、私のブログでも書きましたがとても日本的な歌詞の曲です。季節に合わせたのかそれでもとても日本的な曲を在日韓国人の彼が選んだ事に少し私はびっくりしたのでした。でも素晴らしい演奏で私は涙が止められなかったのです。

彼の生い立ちは私の想像と少し違いました。彼の祖父は日本でやはり大変な差別を受けて苦しんだろうという事。彼は祖父から詳しい話を聞けなかったと言います。そして彼の両親は日本名ではなくて本名で彼を日本の学校に行かせて在日韓国人である事を隠さなかったという事でした。昔に比べれば彼の時代はまだマシだったと言いますがやはりいじめ等もあったようです。そんな過去を語る口調もとても明るく嫌みがないというか本当の意味でリベラル(保守的でない)な人だなと思いました。彼の祖父もわざと彼には自分の苦しい話をしなかったのではないかと後で私は勝手に思いました。そういう恨みや悲しみの感情を孫に引き継いで欲しくなかったのではないでしょうか。

彼は本名を名乗り堂々と生きてきた感じです。たくさんの矛盾が押し寄せてきてもその度にプラス思考で乗り越えてきたと思います。そしてとても自由な感じです。何者にもとらわれない自分は自分でいいという感じでしょうか。会う人みんなを引きつけるやさしい笑顔。ユーモアーのあるしゃべり方。若いのになんと奥の深い人もいるものだと感心したのは私だけではなかったのです。隣に座っていた私の父は感動して大きな拍手を彼に送っていました。私の父は78歳です。在日韓国人、他の国の在日の方々の苦しさを目の当たりに見てきた世代です。

アメリカに来て私はアメリカ人になりましたがその前は日本人でした。日本を捨てたのかというとそうでもなくて日本が愛しいし、好きだし、嫌いだしと以前と変わりません。そしてアメリカ人になった今が本当に自分は日本人らしいと思うのです。国籍が変わっても私は何とも変わらないのです。Cheonhoさんも日本国籍がなくてもすごーく日本人なのでした。

アメリカでは話のトピックはどんな事でも核心に迫ります。Cheonhoさんも差別問題に触れますし、そういう質問も出てきます。でも、実に淡々と答えてらっしゃる。

私は花祭りのセレモニーの後ランチパーティーのときに彼に少しお話しさせって頂きました。それは今でも時々思い出す専門学校時代にとても仲良くしていたお友達のことです。彼女の家に泊まり込みで遊びにいったとき彼女はなんだか落ち着きがなく、高校の卒業アルバムを私に見せました。私はそれを観て彼女がどこにいるか分からなかったのです。どうしてかというと、彼女の名前がなかったから。そして彼女に聞きました。

『どの写真?』彼女は指を指して教えてくれました。その写真の下には私の知らない名前が書いてありました。そしてその写真の制服は韓国のチョゴリのデザインでした。でも私はそのとき何も驚く事はなく、なんで名前が違うんだろ?姓名判断でいい名前に変えたのかしらん?みたいな感じで全く気にしなかったのです。それで写真を見て『わーかわいい!若いな!』みたいな事を言って終わったと思います。彼女はそれについて全くコメントしませんでした。

私は本当に無知でした。今は分かります。彼女が自分が在日韓国人だという事を伝えたかった事。私にはどうでも良かったけど、彼女がもし本名で私の前に現れていてもきっと友達になっていたと思うのです。でも、彼女はどんなに苦しんでいたのでしょうか。今更思っても仕方のない事をくよくよするのでした。Cheonhoさんにこのなはしをきいてもらって彼は答えてくれました。その友達は私と仲が良かったから自分が在日韓国人である事を伝えたかったのだろうと。私もそう思います。

アメリカにいても差別というのは悲しい事にあります。黒人、ヒスパニック系の人たち、私たちアジアの人たち。また、白人でもある特定の白人でなければ差別されたりと本当にきりがないと思います。私はアメリカに来てもっと日本にいたときよりも心をオープンにする努力をして環境に慣れてきました。慣れるというのは大事な事です。知らないから怖がって遠のくというのがありますから。

太郎が幼稚園に行っていろんな人種の方と接する機会があります。どんな人種の方でも素敵な人がたくさんいらっしゃいます。意地悪そうに見えても実は自分の誤解だったという事もあります。本当に意地悪されても逃げません。笑顔で返すのです。天然ボケの私にはやりやすい方法かも知れません。

私ももっとCheonhoさんの用にオープンマインドでみんなに接したいと思いました。そういう行いが自分の子供たちにもつたわり周りにも伝わって差別というものがいかに無意味なものであるかという事をみんなで伝えられたら素晴らしいだろうなと思いました。

Cheonhoさんはアメリが出の活動だけではなくて東日本大震災のチャリティーコンサートを福島でおこなったり多くの支援をされています。今後のアメリカの活動でも震災のチャリティーコンサートがあります。どうぞ、彼のサイトをご覧になって応援していただけたらうれしいなと思います。








ブログ夢の雫

2013/04/06 14:20 ジャンル: Category:未分類
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山元加津子さんのメルマガからブログ夢の雫の記事です。西嶋さんの文章は体験のない私にも映像をみているように伝わってきます。そして人と人の出会い『縁』のお話が興味深いです。以下メルマガからです。

西嶋さんの「夢の雫」のブログhttp://dropofdreams.blog.fc2.com/
を読ませていただいて、私がどうしても書ききれていない、医療保険制度のことにつ
いても、書いてくださっていて、ぜひ載せさせていただきたいです。そのまえに、今
日の西嶋さんのフェイスブックもすごくうれしかったです。
・・・・・・
(西嶋さんのフェイスブックから)
「特訓の成果」
今日、妻の特訓をしたあとに、ベッドにもどってから、「僕のうしろに道はできる」
の本についているDVDの、「はじめに」での山元さんのコメントと、映画のトレー
ラーを妻にみてもらった。真剣なまなざしだ。(まぁ、彼女は、このこわーい顔しか
出来ないので、笑う練習をするためにも、このDVDに収められているマッサージテク
ニックは僕にとって必需品となりそうだ。)ちょうど、見終わった時に、看護師さん
が来て熱を計っているときに、声をかけた。

本を見せながら、この白雪姫プロジェクトのサイトにアクセスしてみてください。こ
こには、腰を痛めない介護方法とか、なんやらかんやら、あーだ、こーだ、と話しな
がら、最近、妻を車椅子にのせて、ハードな特訓をしているのは皆知っているわけだ
けど、その理由を話した。「えぇっ!ボタンひとつで、言葉が伝えられるんです
か?」内心「へへーん。そうなんです。」と自慢しながら、この一週間の特訓で、あ
る角度を保つと、妻は首を一定時間自分で支えることが出来るようになったと伝えた
ら、びっくりしていた。内心は「へへーん」である(笑)それで、今は首を動かし
て、レッツチャットを使えるようになることを目指していると話をしていたら、その
話を聞きながら、妻が首を動かせて見せた!すごいすごい!内心、びっくりしたのだ
けど、「ほら、今の話をきいて、首を動かしているんですよ」って当たり前の顔をし
て言ってみた(笑)
http://www.amazon.co.jp/僕のうしろに道はできる-紙屋-克子/dp/4883205754 

・・・・・・
(ブログ、夢の雫から)
「ベッドサイドからの景色(5)」
松村先生(奥沢病院院長)は、診療点数制度について、素人の僕にもわかるように教
えてくれた。それは、妻を受け入れることは出来るが、やはりいつまでもというわけ
にはいかない。それが、現在の医療保険制度であり、点数制度だということだった。
なんとなく、法律がそうなったなぁ・・・程度しか知らなかったので、実際にはどん
な仕組みかは知らなかった。
入院するためには入院する理由が必要だ。それが病名である。そしてその病名に点数
が付き、それが患者の持ち点となる。そしてその得点は日数経過により減っていく。
例えば肺炎なら2週間で持ち点がなくなる。そうすると、病院は保健からお金がもら
えなくなる。患者さんの支払い金額(だいたい30%)だけの入金となり、病院に
とって赤字の原因となる。こんなイメージだったと思う。

病院に入院したことがある人はわかるだろうが、お医者さんの一日はビックリするほ
どタフな仕事だ。看護師さんたちは、大変なシフトをやりくりし、大勢のスタッフで
夜も寝ずに働いてくれている。この仕組みを維持できないと、病院機能として問題が
でる。しかし、得点のない人が長期入院していたら、お金は入って来ない。ようする
に経営ができなくなるのだ。確かに色々な弊害があったのだろう。お年寄りが居心地
がいいということで、出て行ってくれないなどの一部の理由があったようだ。そこ
で、病院が患者を追い出す仕組みを保健制度として考え出したのではないかな。たし
かに考えた人は頭がいい人だろうけど、あまり好きじゃない方法だ。

妻もまずは1ヶ月、長くても1ヶ月半が限界だという約束で入院させてもらった。こ
こからは、転院を繰り返しながら、病状が安定したところで、療養型へ移るといった
プログラムを組んでいこうと、松村先生は計画的な話をしてくれた。その上この先生
がすごいのは、グループ病院との横の連携をとり、転院先の面倒をしっかりみてくれ
たのだ。患者の家族にとって、この転院問題のサポートは、本当に心底助かるのだ。
僕らにとって、どれだけ心が安定するサポートであることか。出会えたことに感謝を
し、とにかく今後は、先生が決めてくれた通りに動こうと思った。
点数制度の話をしてくれて、1ヶ月半が限界と言っていたのですが、実際にはさらな
る転院先のベッドが空かずに、結局3ヶ月入院させてもらった。入院させてもらい嬉
しいやら、申し訳ないやら、奥沢病院には持ち点ゼロ患者として迷惑をかけることに
なった。

松村先生と話をしたときに、初めてマッサージの大切さを知りました。先生は筋肉拘
縮を防ぐためのリハビリとしてのマッサージを何故行っていないのか?不思議だと話
していました。最初に入院していた病院では3ヶ月以上、マッサージリハビリはして
いませんでした。それは、脳幹出血の患者にリハビリをする必要はないという考え
が、その病院にはあったのだろうと思います。急性期のための病院ですから、リハビ
リの必要がある場合は、他に移ってから、、ということだったのかもしれません。奥
沢病院に転院する前に、すでに尖足になってしまいましたが、今思えばとても残念な
ことです。僕が知識があれば、交渉も出来たでしょうし、自分でももっとマッサージ
に力を入れることが出来たように思います。

<「縁起」と「ちょっとへんな話」>
最近、僕は「唯識」という仏教の考え方を勉強しています。5世紀頃に日本に入って
きたこの考え方は、深層心理学とでもいえる考え方です。フロイドやユングといった
人たちの、とんでもない遥か昔に、すでに仏教では潜在意識に目を向けていた訳で
す。僕も知らなかったのですが、奈良の興福寺、京都の清水寺なども、「唯識」を伝
えているお寺なのだそうです。それをここで掘り下げるわけには行きませんが、簡単
に言えば「人間も自然もすべては、その繋がりの中で起こっているものである」とい
うことです。当たり前ですが、一人だけで何の関わりもなく生きている人はいない。
この世にいなかった僕は、長い祖先の出会いの連続の中で今はここいますが、そのう
ちまたいなくなります。すべては「縁」で起こっているわけです。

いつもこの「縁」は、確実なタイミングで必要な時に現れるようにプログラムされて
いる「出会い」があるのではないのか?と思うことがあります。その「出会い」は、
何故かそうなるように仕組まれています。今、思い起こすと不思議なことがたくさん
あります。書ききることは出来ませんが、奥沢病院の松村先生との出会いはその一つ
です。今も繋がりながら、お世話になっています。
・・・(後略、ぜひぜひ、西嶋さんのブログをごらんになってくださいね)

「ベッドサイドからの景色(7)」
<転院、そして新たなスタート>
2010年5月24日(月)に奥沢病院へ転院した。救急車と同じ仕様の車をチャー
ターして、痰の吸引もできる方がついてもらい、転院するのだが、この車を頼むだけ
で5万かかったのにはびっくりした。これから転院は増える予定だから、これも予算
にいれておかなくてはならないと思いました。
転院してすぐにわかりましたが、奥沢病院は人気のある病院です。そして変な言い方
ですが“活気”のある病院でした。こんな病院は初めてです。病気の人が多くいるの
が病院なので、よく聞く話ですが、誰もが病院はいるだけでとても疲れると言います
ね。それは病の人の「気」が蔓延しているわけだから当たり前なのです。だから「病
気」なのでしょうね。

しかし奥沢病院は、スタッフ全員の「やる気」があふれていて、エネルギーが溢れて
いるのです!病院というのは「気」を吸い取られてしまうような場合が多いのです
が、ここはエネルギーが補充できるかもしれない(笑) そのくらい「やる気」が溢
れているのです。つくづく、僕たちは恵まれていると思いました。2月13日に地獄
にダイブし、生き残ったものの“転院問題”で挫折しそうになりながらも、ついに次
なるステップへと進むことが出来たと実感しました。死ぬまで現状維持としてではな
く、辛く険しく長い道のりだとしても、希望の光に向かって、ここからが僕たちは人
生を再スタート出来るのです。その場所がここ、奥沢病院なのでした。さぁ、これか
ら普通に奇跡を起こしに行こう!松村先生をはじめ、奥沢病院のやる気まんまんのス
タッフのみなさんが、僕たちのかけがえのない応援団になってくれる。そして、新し
い生活がはじまりました。

時は流れ、変化しつづけるのが僕たちの人生です。これは「無常」です。「常なるも
のは無い」のです。選択しなくてはならない事柄は、どんどん目前にやってきます。
未来は予測できないけど、あの時、自分の心の底から聞こえる声を信じて行動を起こ
したことが、ここに繋がった。松村先生との「ご縁」に感謝しました。同時に、あの
時に諦めていたら、前の病院から薦められた療養病院へ自動的に行っていたので、こ
の時の別れ道は、とても大きな別れ道だったのだと震えました。この経験は、今後も
絶対にあきらめないことが大切なのだと教えてくれました。
5月25日早朝、松村先生へお礼のメールをしました。早速返信をいただき、そこには
僕たちにとって、飛び上がりたいくらいに希望の光をみるような、うれしい文章があ
りました。

~~~~~~
2010年5月26日am7:05
西嶋様
おはようございます。メールをありがとうございます。昨日は外来中でゆっくりとお
話する時間も作れず失礼しました。清美様を昨日診察させて頂きました。医学的に証
明することは難しいですが、脳幹部出血で身体は動かないが、意識はしっかりとある
と思います。リハビリの道は長く険しいですが、一歩一歩進んでいきましょう。本日
(火曜日)神経内科の専門医にも今後の治療方針について相談してみます。金曜日午
後-夕方か、土曜日午前にお話しする時間は在りますでしょうか?
当院は院長はたいしたことないのですが(笑)、有り難い事にスタッフは素晴らしい
人が集まっています。しかし、至らないことも多々あるかと思います。どうぞその節
には何なりとお伝えください。患者さんを中心に、我々病院スタッフとご家族が十分
にコミュニケーションをとることが大切だと思います。どうぞよろしく。 松村 拝
~~~~~~

このメールを見て涙がこぼれた。「意識はしっかりとあると思います。」・・・この
ことを、お医者さんから認めてもらえることは、僕たちにとって、本当に救いであ
り、希望の光でした。このメールを見た時に、僕は叫びたいくらいの気持ちでした。
もう忘れちゃったけど、実際メールを見て「うぉー!」って叫んでいたのかもしれま
せん(笑)そう思ってくれている方が妻の担当医であるという事実が家族全員の心を
支えてくれました。僕はすぐに妻のかかわりのある人たちすべてに連絡をしました。
「意識があると思う」ことは、すべてにおいて意味を持ちます。リハビリの意味が明
確に進むべき方向を示し、まったく変ってくるのです。<意識がないから、リハビリ
の必要がない> → <回復へ向けて努力していきましょう>へ変化した瞬間です。

最初の病院では、意識がないことを前提としていました。それはきっと、医学的証明
ができないことは、言わない。それは予リスクコントロールの過剰反応ではないかと
思います。現代は色々な面で自主規制が過剰だと感じますが、病院の先生がネガティ
ブだと患者はもっと敏感に大きな不安を感るものです。もちろん、口先だけでいい事
を言うわけにはいかない、責任ある立場としての辛さもあると思いますが、病気の半
分は精神(気持ち)も関係すると思うのです。その気持ちを突き落としてしまって
は、免疫力を衰えさせる原因にもなるように思います。

2005年の春だったと思うのですが、妻の癌手術を終えて5年経ったときに、一緒
に病院へ行きました。これで、完治と言ってもらって、妻の不安を払拭したかったの
です。妻は自分では恐くて質問できないと言っていたので、そこで僕が「先生、手術
から5年が経ちました。これで今回の癌は完治ということですよね?」と確認した。
先生は「いやぁ、西嶋さん、乳癌はねー、10年経たないとそう言えないんです
よー。」とあっさり言われました。僕は内心「医学的な決まりなのかな?しかし、年
数はどうやって決めるんだろうな。そーかもしれないけど、5年と言っておけばいい
じゃないか。万が一再発症したら、それは新しい癌だと捉え、新たな闘いが始まると
いうだけだ。まずは“完治した”という喜びが、免疫を高めるのではないか? リス
クコントロールばかりで、これじゃ勇気づけることができないじゃないか! 

お医者さんが背中をポンとたたいて「大丈夫!」と言ってあげることが、どれだけ患
者の気持ちを救うことになるか知らないのか? それで治っちゃう人だっているかも
しれないのに・・・・」 と思いました。もちろん、これは患者の家族側の勝手な思
いでありますが、そう思いました。
そんな経験も過去にありましたので「西嶋さんの奥さんはしっかり意識があると思い
ます。」と言ってくれることの意味を、松村先生はしっかり知っている方だと思いま
した。こんなに家族に勇気を与えてくれることはない。そうして僕らはもっともっ
と、前よりさらにそのつもりで妻に向き合えるのだ。

その後、松村先生に紹介していただき、先生の患者さんである、10年前に脳幹出血で
倒れた方と会い、お話を聞かせてもらったことがあります。そのご夫婦はちょうど僕
たちと同じ年齢のときに奥さんが倒れ、ご主人が献身的に介護しつづけてい、10年
が経ったという夫婦でした。すぐに在宅で生活をするという選択をし、大変な毎日を
生抜いてきました。ご主人は明るく、お話をしている間中、笑顔をたやしませんでし
た。この奥様もそうだったようですが、一番つらいのは、脳では判断出来ているの
に、表現がで出来ないため、周りから“意識がない”と思われていた時期があり、そ
の時期がいちばん辛かったということでした。

このことは、色々と転院先を探しまわっていたときに、お会いしたあるお医者さんか
らも聞いたことがありました。その先生のお母様が同じ脳幹出血で倒れた時の話をし
てくれました。倒れてから12年間生きたそうですが、意志の伝達が出来るところまで
持ち直したそうですが、全く同様に、理解してもらえなかった時期がいちばん苦し
かったと話していたそうです。意識をあると理解してもらえるかどうか?それは、ま
わりから自分が<人間>として認めてもらっているかどうか?の差なのでしょう。
僕たちは幸せです。上記のおふたりは、2年以上意識不明だと思われていた時期があ
るのです。しかし、妻は3ヶ月半で、きっと意識はあると理解してアプローチしてく
れる先生と病院にめぐりあえたのです!これがどれだけ、幸せなことか、言葉では表
せません。きっと妻も同じ気持ちだろうと思いました。

そして、この活気あるれる病室は、看護師さんたちも声を掛け合いながら、なんとい
うか、にぎやかな病室なんです(笑)きっと、静かなところより、この活気のある、
言葉が飛び交う病室のムードは、妻の意識に刺激を与えつづけてくれる環境になるこ
とだろうと思いました。もちろん、看護師さんたちも、当たり前のこととして、妻は
意識ある患者だとしてアプローチしてくれます。声をかけてくれて、説明をしてから
アプローチをする。きっと妻は、意識があると理解されていることが、とても嬉し
かったことだろうと思います。一つ間違うと“物を扱う”ようなやり方になりかねな
い。よく、反応できない患者を前に、かなりヤバイ話をしている場面に遭遇すること
がある。あぁ、これ聞こえているのだから、ちょっと表現がなぁ
・・・などと、思う時があります。この違いは、妻にとってはとてもとても大きな違
いだと思います。感謝!
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紹介したいブログ

2013/04/03 14:21 ジャンル: Category:未分類
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DSCN9005_20130403142654.jpg

山元加津子さんのメルマガに最近登場された西嶋さんのブログをご紹介いたいと思います。西嶋さんの奥さんが倒れられてから今の意識障害になられてからの介護記録です。その中に西嶋さんが作られた歌『夢の雫』を歌手の白井貴子さんが歌ってらっしゃいます。とても素敵な歌なので是非!聞いてみてください!
以下、メルマガの抜粋です。



白雪姫プロジェクトに、新しい仲間が加わりました。
「夢の雫 ~白雪姫プロジェクト~」
http://dropofdreams.blog.fc2.com/(http://dropofdreams.blog.fc2.com/
まずブログから。
・・・・・・
「新しい人生」
妻が倒れてから3年が経った。人生は想像もつかないようなこともある。僕の人生の
予定はすべて計算が狂ってしまった。しかし、この3年間を考えてみると、そのすべ
てが最悪だけな人生ではない。人間は生きていれば、悲しみも苦しみもあるけど、必
ず喜びもあるものなのですね。詳しく書くと、それだけで大量な文字が必要になるの
で、割愛しますが、妻が倒れたことがきっかけで、長男が結婚することになった。そ
うして、昨年、初孫と対面できた。今年になり次男の就職が決まった。介護用品のレ
ンタルの会社である。
きっと、面接で、会社の志望動機を聞かれたのだろう。たしかに必然性がある。
次男が就職できたのもたぶん、妻のおかげだろう。

人生には、色々な時期がある。人生は永遠だと感じていた若き日々。眠る事も惜しみ
ながら働くのが面白かったドタバタな時期。妻と出会い、結婚してから、夫、父とし
ての時期。1999年、妻の大きな乳癌がわかり、命について考え始めた時期。20
10年妻が脳幹出血で倒れてからの人生。と、色々な時期があるものだ。これから僕
らが死ぬまでに、何が出来るだろうか?と考えてみるが、考えすぎても始まらない。
目の前の妻の回復へ進むことにしようと思う。そんなときに、白雪姫プロジェクトと
出会った。面白い事に、出会いのタイミングはいつもちょうど良い時にやってくる。
これからは回復を奇跡と考えず、やる事をやれば回復することを知ったので、そう考
えて、リハビリをフォローしていける。

いままでは毎日に余裕がなく、振返ることが出来なかったが、ここらへんで、この3
年間を振返ってみたいと思い出していた。白雪姫プロジェクトのかっこちゃんからの
勧めもあり、背中をおしてもらいこのブログを書いてみようと思いました。そうし
て、これからが、また新しい人生の一歩になる予感がしています。
このブログ「夢の雫」は、僕が妻へプレゼントした曲のタイトルです。毎日、涙をふ
きながら駅までの道を歩いていた時、この涙は回復(夢)へ向かう為の雫なのだと感
じた。
https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk (https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk 
これがその曲です。曲が出来た経緯や、この3年の中での感じた、社会の仕組みの
困ったこと等など。色々ありすぎて、うまくまとめられるか心配ですが、今日から少
しづつ書き始めてみます。

「秘密兵器」
3月24日に白雪姫プロジェクトの山元さんの講演を聞き、早速「身体をしっかり起
こして座る事」をはじめてみることにした。車椅子にのせてから、身体をなるべく立
たせ、背もたれから背中を解放してあげようとすると、これが難しい、身体を起こし
ながら、首を支えなくてはならないので、こちらの体勢がうまくいかない。簡単だと
思っていたことが、出来るには出来るが、こちらの体勢が続かないのだ。
それで考えたのがこのアイデア。母の着物の帯を拝借し、妻の背中をまわして、ぼく
の腰に結ぶ。長さを調整して、腰を引くと車椅子が手前にズレそうになるが、それを
足のスネでストップさせながら妻の背中を立たせて座らせる。それで右手で頭を支え
て、左手で撮影した写真がこの写真。帯にバランスをとって腕をのせてみた。妻も気
持ち良さそうで、背中が解放される感覚というのがよいのがわかる。しっかり座らせ
ると、帯のテンションを緩めても、頭を支えるだけで座っていられる。この体勢だ
と、首の運動もしやすい事がわかった。

「さぁ、首を動かしてみよう!動かせる方向へ動かしてみて!」と話しかけると、か
すかに頷きの運動を始めた。1、2、3、4・・・連続して、動かしている。これは
スゴイ。スゴイスゴイ!と声をかける。それから、帯のテンションを計算しながら、
身体を左右に、グラーングラーンと傾けてみる。様々な方向へ動かしてみながら、3
0分。ハードなリハビリスタートとなったが、妻はがんばってくれた。そして、前向
きな気持ちも伝わってくる。
30分のハードな特訓が終わったら、今度はリハビリの効果を話しながら、お花見。
さすがに疲れたのか、背もたれを少し斜めに寝かせたときには目を閉じてしまった。
「この満開の桜もこれから散り始めるから、今年は見納めだよ。」と耳のそばで声を
かけると、桜をしばらく見つめていた。そのあとは、ベッドにもどってマッサージ
だ。

山元さんは宮プーの関節を毎日100回づつ動かすらしい。凄すぎる。今日は50回
づつで許しておこう。100回は僕が保たない(笑)最後の仕上げに足うらのマッ
サージをしていたときに、ちょっとくすぐってみたら、ビクビクビクと足を動かす。
びっくりして、何度かやってみる。やはり動く!確かに反射なのだろうけど、動くの
だ。妻の目を見ながら「ねぇ、足のうらくすぐったいの?」と話しかけると、「う
ん」というように、まばたきをする。ということは、感覚があるということではない
のか?不思議だなぁ。これからが楽しみだ。しかし、この母親から拝借した着物の
帯、大変役立つ。これは、マジックテープなどで長さ調整をしやすくすれば、介護用
品として商品になるのではないか?などと考え、自分でいいアイデアだと思うが、ほ
めてくれる人がいないので、妻にコミュニケーションがとれるようになったら、まず
最初にこの帯のことを褒めてほしいと依頼しておいた。いいアイデアだと思うのだ
が・・・どうなんだろう?
書いてくださっているのは西嶋さんです。講演会と上映会でお会いしたのがきっかけ
でした。それからメールをいくつかいただきました。載せさせていただきます。
・・・・
今日、講演会へ行きました。とてもよかったです。私の妻は2010年の2月に脳幹
出血で倒れました。倒れた時に医者から言われた言葉もまったく一緒でした。だか
ら、僕が看取るつもりで泊まっていましたが、4日目の朝を迎えた時、こいつ、生き
るつもりだと思って、息子に泊まりはバトンタッチして仕事に行きました。まずは、
お金がかかるので、ちゃんと仕事をしようと思った(笑)
リハビリについて今日の話を聞いたら、僕は、ちと甘かったと思いました。首がまっ
たく支えられないから、そのケアーを慎重にしていましたが、少しは負担をかけたほ
うが、筋肉がつくかもしれませんね。試してみます。あぁ、これを言いたかったわけ
ではありません。これは、どなたもそうでしょうが書き始めると長過ぎます(笑)

山元さん。僕がメールしたのは、、、、身体を休めることもちゃんとしてください
ね。・・・ということです。
今日、ぼくはお話を聞けてとてもよかったです。それだけ、動いて、動いて、動い
て、・・・という活動をしているから、僕も直接お話が聞けてとても良かったわけで
す。・・・が、同時に心配になりました。ありきたりな言葉ですが、頑張り過ぎはよ
くありませんので、お体を大事にしてください。それを伝えたかったです。
※妻が生き残った50才の誕生日に、この曲を作りました。友人がレコーディングを
記録したら、このようになっていました。
https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk(https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk
お時間があるときに、見てみてください。みな、思いはいっしょでしょうね。

・・・・
ありがとうございます!「一緒にがんばる」って言葉は、うれしいものなのですね。
ぼくは、どちらかと言えばひねくれもので(笑)なかなか、素直に言えないのです
が、言われるととても嬉しいです。それが、山元さんのストレートに相手の心に響い
いてそれが回復に繋がるのでしょう。ぼくも、もう一歩、妻に近づき、本気で動ける
日を目指すと約束してみたいと思います。

・・・・
ぼくも不定期でFacebookで日記を書いています。もともとは、Facebookの意味を知
らず、主治医と妻を知る数人の友人とスタートしました。いつも、気にしてくれてい
る人にメールをしていたのですが、大変で(笑)Facebookに書けば、皆が見てくれ
て、妻の今を知ってもらえる便利なツールだと思いました。ところが、部下やら、
色々いっぱいの人と繋がり、場違いな日記となっていきます。しかし、今もそのまま
気にせずやっています(笑)最初は友達になってくれた人に、「変に思わないでね」
みたいなケアをしていましたが、もう辞めました(笑)アイコンの写真は、妻が倒れ
る前に撮った最後の僕らの2ショットこれは、影だったのですが、富士五湖の本栖湖
のそばで二人で散歩した時の写真です。
虹の写真は、昨年の冬に妻の病室からたまたま見えた虹を撮影しました。
http://www.facebook.com/nishijima.takamaru  (http://www.facebook.com/nishijima.takamaru 
たまに、こうやってメールさせてもらいます。これからも、よろしくお願いします。

・・・・
昨日、妻を車椅子にのせ、満開の桜の花見をしながら、先日購入した本を朗読して聞
かせ、その次に、いつもより直角に背をたたせ首がグラグラするけど、これが首の筋
肉になるんだと話しかけながらリハビリをしました。
僕は昨年、体調を崩して、ハードな仕事はもう無理だと思い、先月退社しました。な
ので今はゆっくりと病院で時間を使えます。毎日のデートは楽しく、たぶん27年前
に付き合いはじめた頃より、多くのデートを出来る環境を、退社によって手に入れる
事ができました(笑)なので、このタイミングでこのノウハウを学べることは、大変
有意義で、回復への架け橋になると思っています。

添付は2011年、妻の51才の誕生日にプレゼントした曲です。これも、お時間が
あるときにぜひ聴いてみてください。ターゲットが一人だったので、上手な歌手に
歌ってもらうより、いちばん彼女に響く方法、息子(次男)に歌わせました。少し卑
怯な方法なのですが、ターゲットの心を揺らすためにはこれが一番だと感じたので
す。
2010年2月13日に倒れたとき、90%他界すると言われ、その夜に書いたのが
http://j-lyric.net/artist/a00091d/l021af9.html(http://j-lyric.net/artist/a00091d/l021af9.html
ベッドサイドという詩でした。
これは、ある意味、さよならの歌でした。
作詞が澤水困となっているのは、
http://www.facebook.com/nishijima.takamaru/posts/426426140768373 (http://www.facebook.com/nishijima.takamaru/posts/426426140768373 
・・・・こんな理由からです。

この曲は、ちょうど因幡晃さんの35周年アルバム「まん丸の蒼い月」というレコー
ディングの直前に曲が出来てきたので、ついでにレコーディングしたらいい出来だっ
たので、このアルバムに収録されています。
しかし、ある意味では、さよならの歌でもあったので、生き残った妻に対してこの曲
だけではなく、これから一緒に生きる歌を作ろうと、先日、見ていただきた「夢の
雫」を白井貴子さんに歌ってもらいました。これは、50才の誕生日プレゼントでし
た。

それからまた月日が経ち、なかなか状況が変わらない中、それとたぶん僕の予想では
妻自身、状況を把握すればするほど、最悪な状態であることを理解していく段階でこ
れは、死にたくても死ねない、絶望に向かう時期が必ずくるだろうと思っていたの
で、妻の51才の誕生日プレゼントとして添付の「僕たちのルール」を作り、さらに
息子に歌わせたわけです。下手くそですが、それでもきっと、息子の声だとすぐわか
るはずですから効果を期待できると思いました。
僕は音楽関係の仕事を長くやってきたので、アプローチとしてはいつも音楽を考えて
しまいましたが、これからは、白雪姫プロジェクトが教えてくれる方法をどんどん試
していきたいと思っています。本も2冊購入して、1冊は病院の看護師さんへ渡し
て、回し読みしてもらうつもりです。

妻はコーヒーが好きだったので、ストローで1滴口に入れたり、氷のかけらを口にい
れることで反射を含めてうごくことをやっていたのですが、みなさんから猛反対にあ
い、院長先生まで看護師さんたちから突き上げをくらってしまい(笑)、カンファレ
ンスのときに、院長から西嶋さんへ伝えてください!とか周りから言われていて、
渋々、コーヒーの1滴はやめました。肺炎のリスクが増えるという理由です。確かに
そうだと思いますが、好い事と悪い事、これは常に背中合わせのこともあると思いま
す。口にものを入れれば、誤飲の可能性が出来てくる。だから口にものは入れな
い・・・ということでは、先に進まないのになぁと思って・・・
人間、口から味を楽しむことは、それは生きることに直結したことだと思うのです。
着地点がうまく計算できないまま、とりとめのない文章となりました。今日も、午後
は妻をしっかり座らせにいきます!

・・・・
今年になって、口の動きが大きくなって、調子がよかったのですが、ここのところ、
やはりそれ以上の変化がないためか、口をあまり動かさなくなってきてしまっていま
した。
しかし、車椅子には乗りたいのでしょう。私の顔をみると「い」「く」と口を歪ま
せ、突き出します。だけど、車椅子にのってしまうと、もう口は動かしません。
今日はひとつ自分なりのアイデアを加えて、背中をなるべくまっすぐに座らせまし
た。母親の着物の帯をもっていきました。妻を車椅子にのせたあと、妻の背中へ帯を
通し、それを僕の腰にぐるりと回し、長さを調整しながら結びます。そして、僕の腰
で引いて妻の背中を引っぱり背筋を立たせます。この時に首を両手でもっておいてあ
げられるので、首を動かすレッスンを、背中を背もたれから離して座っている状態で
できるのです。

両手で顔を支え、話しかけながら、首をまずは好きなように動かしてごらんと話しか
けます。今日は、かなり長い間、うなずきの動きを何度もやってくれました。これ
は、かなりいいアイデアではないかと我ながら自分をほめました(笑)
病院の廊下でやっていたので、看護師さんたちがちょっとビックリしていましたが
(笑)
それと、担当のソーシャルワーカーに、映画のことと山元さんの話を説明し、本を渡
しました。看護師さん一人にわたしても、渡されたほうも困るだけでしょうから、僕
が今後やりたいことを説明し、協力してもらいたいと依頼し、本をわたしました。
ソーシャルワーカーの方は、読んだ上で、みなで相談してみて、それから院長へ相談
してみると話してくれました。どうなっていくか、わかりませんが、焦らずに進めて
いきます。

・・・・
明日は晴れるようなので、外に連れて行って、特訓する予定です(笑)残念ながら、
倒れてからすぐに尖足になってしまいました。
最初に担ぎ込まれた救急病院ではマッサージはなく、3ヶ月たったときにはもうしっ
かり尖足になっていました。当時は、僕も知識がまったくなかったので、マッサージ
の大切さを理解していませんでした。それなりには、やっていたのですが会社に行く
前に、30分立ち寄りマッサージしていくのですが、それだけがすべてでした。
転院したとき初めて転院先の病院の院長から、マッサージしていなかったの?と質問
されてはじめて、脳幹出血で一生寝たきりだから、やっても無駄だという考え方が、
最初の病院にあったことを知りました。
大変悔しかったです。僕に知識があれば、もっと毎日、マッサージをやっていたのに
と思います。今日も、足のうらを触りながら、こわばりを少しづつ解放して、足の裏
を大地につけたいとイメージするように話をしました。

過去のことはもう忘れていいから、未来のイメージをどんどんしていこうと話をしま
した。とにかく、明日また特訓します!妻が倒れて3年が過ぎました。いちど、この
3年を振り返り、まとめたいと思っていました。倒れたときのこと。90%死ぬと言
われたときのこと。人工呼吸器についての決断。お金がとてもかかったこと。出て
行ってと言われたときのショック。妻が倒れたことのショックから、50才をすぎ
て、生まれてはじめてアトピーになったこと。戦うモードに入ってから身体の血管を
しめあげて、急に高血圧になったこと。気功をやっていたので、なんとか自分を落ち
着かせることができたけど、そうでなければ、どうなっていたかと。自分を静かに見
つめる時間の大切さを改めて知ったこと。

妻が39歳のときに大きな乳がんが発見され、その時ももう死ぬと思っていたが、な
んとかクリアーしてやっと10年経って、、、そうしたらすぐ倒れて、、、という人
生でした。山元さんの人生の価値観は、子供のことから変わっていないようです
(笑)が、僕はとても変わりました。妻の命の危機に直面してから、とても変わりま
した。しかし、どんな時も、いつも我々は乗り越えることができると、その準備をし
ていたように思う事。
西洋医学ではだめだから、霊的なヒーラーにもお願いしてみると、面白い話がきけた
こと。それが本当かどうかは別にして、(それは死なないとわからないので、死ぬ事
も実は楽しみだったりすること)今は、考え方として二人でこの世を修行していると
感じる事。この修行をするために生まれてきたと考えると、今がとても順調なプログ
ラムで、予定通りに人生を進んでいると思って生きていること。など、へんな話の方
向にもちょっと広がりますが、書きたいことはとてもたくさんあります。

さすがに、このあたりは、Facebookでは重すぎて書いていませんので、そんなことで
もよいのでしょうか?
勿論、周りに勇気を与えられる、あきらめないという事に繋がるメッセージであるこ
とが大切だと思いますが、突き落とされたときの気持ちも、書き留めておきたいもの
です。
病院を追い出された(表現がよくありませんね)時の気持ちは、本当に見捨てられた
気持ちになりました。それも、ただただ、早く出て行ってほしいのが如実にわかりま
した。
今いる病院はとてもいい病院ですが、そこのことは全く紹介してくれませんでした。
待ちが半年以上あるからだということが、今は理解できますが、紹介さえもしないの
です。そのかわり、月40万の療養型病院をいくつも紹介されまさいた。
バカじゃないの?って(笑)思いました。

これは、法律の問題ですから、厚生労働大臣にもメールしましたが、数日たってから
定型文が送られてきただけでした。何をやっても、見放されている気持ちになったも
のです。障害年金も倒れてから一年半たたなければ受付自体をしてくれないこと。病
院からは一生、全身麻痺で手足が動かないと宣告され、公的機関からは手足がなく
なっていれば、障害年金はすぐ受け取れるのですが、脳幹出血でも五体満足というカ
テゴリーに入り、症状固定は一年半がルールだと言い渡される矛盾。みなが通ってき
たことだと思います。
なので、そろそろこの3年の振り返りをしてみたいと思っていたので、そんなことで
もいいのでしょうか?
もちろん、涙がでるような喜び、感謝を与えてくださったお医者さんにも出会ってい
ます。そちらのブログで使えるものになるかどうかわかりませんが、どちらにせよ僕
の気持ちのまとめという意味でも、書き始めてみたいと思います。
DSCN9003_20130403142654.jpg

ここからお多福です。西嶋さんが毎日がんばってらっしゃる様子がとてもよく分かります。そして、西嶋さんのように他にもがんばってらっしゃる方がたくさんいらっしゃると思うのです。一人で辛いときにどうしようもないときに仲間がいれば自分自身がとても強くなれる事をかっこちゃんは教えてくれました。どんどんつながりが広がってみんなが仲間になれば他人事ではなくなって日本中の人が意識障害の方達の回復に興味や理解をもって協力者がどこにもかしこにも現れる事を祈っています。

13092 北日本新聞の記事

2013/04/01 14:24 ジャンル: Category:未分類
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以下山元加津子さんのメルマガから北日本新聞の記事です。

6日目は宮ぷーのことを載せていただきました。北日本新聞の記事から
・・・・・・
ずっと伝えたかった/2013年3月17日~24日掲載6.絆
「いい顔しなさい」。山元さん(中央)に厳しくも優しい言葉を掛けられ、にっこり
笑う宮田さん=金沢市
■回復 奇跡じゃない
 「97、98、99…100!」 今月21日、金沢市内の病院の一室を訪ねる
と、明るい声が響いていた。この病院に入院する宮田俊也さん(46)=同市=が、
ベッドに座って脚のリハビリをしていた。足元には自転車のペダルのような器具。一
日に100回こぐのが目標だ。「宮ぷー頑張ったね」。見守っていた山元加津子さん
(55)=石川県小松市=が声を掛けると、宮田さんはにっこりと笑った。

 この4年間、毎日1時間のリハビリに二人三脚で取り組んできた。
 宮田さんと山元さんはかつて、金沢市の特別支援学校で同じクラスの担任をしてい
た。子どもたちからは「宮ぷー」「かっこちゃん」と呼ばれていた。熱血漢で世話好
きだった宮田さんが、脳幹出血で突然倒れたのは2009年2月のことだった。
 出血は広範囲に及び、脳は大きなダメージを受けた。瞳孔は開きっぱなしで、自発
呼吸もなし。「命は助かっても、意識は戻らないでしょう」。集中治療室で付き添っ
ていた山元さんと宮田さんの妹に医師が伝えた。
 父を亡くし、母は入院中だった宮田さん。妹も出産直後で、毎日の世話は難しかっ
た。「私がいるから大丈夫」。山元さんは、職場でもプライベートでも相談相手だっ
た宮田さんを今度は自分が支えようと心に決めた。

 仕事が終わると毎日病院に足を運び、午後8時までの面会時間内にさまざまなリハ
ビリを実践した。上半身を揺らしたり、脇を抱えて立たせたり。「宮ぷー、生き
て」。やみくもではなかった。長く障害児教育に携わってきた山元さんは、脳を刺激
することで障害が改善したケースを何度も目の当たりにしていた。
 宮田さんに変化が現れたのは4カ月後のこと。声に反応するように、眼球を上下に
動かした。山元さんは、ひらがなを書いた紙を代わる代わる見せて「言いたいのは
上? 下?」と問い掛けた。
 〈か こ〉
 数分かけて宮田さんが選んだのは山元さんの愛称だった。「そうだよ、かっこだ
よ」。宮田さんに寄り添い、声を上げて泣いた。

 宮田さんはその後も、驚くべき回復を見せた。倒れてから半年後には、首と右手が
動くようになった。
 「はい」と「いいえ」を伝えられるようになっただけでなく、スイッチを使って5
0音表から文字を選ぶ「レッツ・チャット」という福祉機器で文章を書けるように
なった。
 〈まいにちごめんね きてくれてうれしい〉
 〈なおりたい なおってやる〉
 宮田さんのリハビリへの意欲は日に日に高まった。
 病院のスタッフは「奇跡だ」と言った。でも、山元さんは心の中でこうつぶやい
た。「違うよ。宮ぷーが頑張ってきたからだよ」

 ペダルをこぐリハビリを終えると、山元さんは宮田さんを抱えて車いすに載せた。
宮田さんは動かせる右手を使って、病室のドアから窓際までゆっくりと進む。途中で
止まっても、山元さんは決して手を貸さない。
 窓際に到着したところでリハビリは終了。ベッドに戻って一息ついた宮田さんは、
レッツ・チャットを使ってみせた。
 〈がんばるすがた みてください〉
 「それなら、いい顔しなさい」。山元さんの言葉はいつも厳しく、優しい。
 カメラを向けた宮田さんはこの日一番の笑顔を見せた。
・・・・・・

北日本新聞の記事の最後です。
・・・・・・
「ずっと伝えたかった」掲載7.願い
観葉植物を眺めながら「早く桜が見たい」と両親に伝える中島基樹さん(中央)=高
岡おとぎの森公園
■僕らの後に道できる
「どんな状態にあろうとも、きっと気持ちはある。その意思をくみ取る方法をみんな
が知っている世の中にすること。それが僕の願いです」
2009年2月に脳幹出血で重い意識障害に陥りながら、文字がつづれるまでに回復
した宮田俊也さん(46)=金沢市=が自身のホームページに掲げているメッセージ
だ。意識が戻ってからも体が動かず、思いを伝えられなかった日々。孤独との闘いの
末に回復した経験から、同じ境遇にある人たちを一人でも救うことが使命だと思って
いる。

 〈ぼくのこと みんなにつたえて〉
意思を表現できるようになった直後の09年8月、宮田さんはリハビリをサポートし
てくれている山元加津子さん(55)=石川県小松市=にそう訴えた。養護教員とし
て障害児教育に携わってきた宮田さん。全国に推計5万5千人いるとされる遷延性
(せんえんせい)意識障害者のため、自ら“生きた教材”になると覚悟を決めた。
 山元さんは、宮田さんが記した言葉やリハビリに奮闘する様子をブログやメールマ
ガジンで発信した。まばたきや指の動きを使った意思伝達の手法や、脳に良い刺激を
与えるリハビリ方法も紹介した。
 「おじいちゃんがまばたきで返事した」「娘の指が動いた」。脳疾患や交通事故に
よって遷延性意識障害となった人たちの家族から多くの反響が寄せられている。

 「宮田さんの事例を伝えることには大きな意義がある」。脳の機能に詳しい国立循
環器病研究センター研究所(大阪)の柳本広二神経・脳外科研究室長は強調する。現
在の医療の仕組みでは、いったん「脳機能の回復は困難」と診断されると、その後の
経過が観察されることはほとんどない。改善があっても見逃されるケースは少なくな
いという。「脳の回復力は未知数。諦めずにリハビリを続けることで何らかの変化は
期待できる」と話す。

 23日の昼下がり。高岡市の高岡おとぎの森公園に散歩を楽しむ家族の姿があっ
た。1月に文字をつづれるようになった遷延性意識障害の中島基樹さん(31)=同
市木津=とその両親だ。花壇や観葉植物の展示コーナーをゆっくりと巡る。パンジー
の前で車いすを止めた時、中島さんがノートに記した。
 〈むらさき〉 「そうだよ。きれいだね」。母の依子さん(62)が優しく息子の
頭をなでる。言葉を取り戻してから1カ月後の先月上旬、中島さんは視力が回復し
た。最初は明るさが分かる程度だったが、今は本の文字も読めるという。〈はやく 
さくらみたい〉
「咲いたら一緒に高岡古城公園に行こうな」。車いすを押しながら父の利明さん
(64)が言う。中島さんにとっては12年越しの花見。つぼみはもう膨らみ始めて
いる。

〈あきらめないでください ぼくもあきらめません いきていきましょう きっとい
いことがあります〉
中島さんもまた、希望を届けることが自らの役目だと感じている。先月書いたこの文
章は、全国遷延性意識障害者・家族の会が今月末に発行する会報に掲載されることに
なった。
 言葉と共に光を取り戻した中島さん。再び歩ける日を夢見てリハビリに励む宮田さ
ん。回復への挑戦はまだまだ続く。二人は信じている。「僕たちの後に道ができる」
(社会部・浜田泰輔) =おわり

プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

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