バークレイ お多福

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才能は生まれつきではない!?

2013/09/25 14:37 ジャンル: Category:未分類
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9月はおじいちゃんの誕生日と、、、
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ダディーとダディーの双子の弟の誕生日もありました。私よりケーキの組み立てが上手なのでダディーにケーキの仕上げお願いしました、きれいに出来たねー!

8月28日から太郎はファーストグレード、日本語で言うと小学校1年生になった。幼稚園をなんとか乗り切って1年生になったとたん太郎はひどく疲れている。先生も厳しくなるし、勉強も難しくなってくる。はじめの2、3週間はかなり自分でも葛藤していたかも。今まで言った事のないような言葉も出た。『明日は学校行きたくない。。。』この言葉が親にとって一番心配になる。それでも朝になると気を取り直して友達に会いたいからと行って元気に出かけるのでこちらもほっとする。

私もそろそろ学校の様子を見に行くついでにボランティアに少し行ってみようかなと思いでかけた。先生は確かに厳しいが筋は通っているし、むしろ厳しくやってもらった方がいいのではと思ったくらいであった。でもここ最近、先生の厳しさにも慣れてきたのか子供たちはまた騒いで集中して勉強しなくなってきた。これじゃ、幼稚園のときと同じだな。困ったなという感じである。先生も疲れてきている。やはり、太郎のクラスはどんな先生でも手こずるようだ。

そんななかでも私は子供たちの成長が見える。一般的な平均からは外れているかも知れないが幼稚園のときからくら比べればやっぱり成長していると思う。太郎だってその一人だ。1から10までの数字がなかなか覚えられないでいた太郎が今は足し算をやっている。私はそれを見て『ギョ!』とする。うれしさのあまり『ギョ』とする。そして次期がくれば出来るようになるんだとおもうと同時に忘れてはならないのが日々の訓練かも知れないと思う。

私は縁があってスペシャルニーズの子供たちの音楽グループを手伝っているがその子供たちの親御さんは中国系の方が多い。チャイニーズ タイガー ママなんて言われるくらい子供に厳しく勉強させたり教育したりするお母さんが多いのか?ちっと前にそんな中国式の教育の本がアメリカで流行っていた。

スペシャルニーズのお母さんたちも厳しく何でもやらせる。はた目で見るとちょっと子供たちがかわいそうな感じなのだけど、言葉がなく、発声も難しい子供さんが母親に口を無理矢理開けられて叱咤激励されていつの間に『あー』とか簡単な声がかすかに出たりする。ピアノも家で練習されてどんどん弾けるようになる子供さんもいる。そうなると私たちももちろんうれしいし、子供たちもやっぱりうれしいようでどんどん頑張ったりする。そうなると教えるのも練習させるのも楽しくなるしお母さんたちも楽になる。いい感じ。その理想的な感じになるにはお母さんと子供さんのものすごい努力が隠れているんだと思う。

太郎にいい感じになってもらうために夏休み中、私はほぼ、毎日泣いていやがる太郎にスペイン語の本を読ませた。はじめは学校で習ったスパニッシュのアルファベットを涙声でたどたどしく目で追って読んだ。今は5、6分で読めるような簡単な本がはじめは2時間かかった。私も辛かった。家でやっていると暗くなるので近所の図書館に行って読ませたりもした。泣いている太郎を見て回りの人は意地悪な母親と思ったかも知れない。。。私だってこんな事して何になるんだろうと悩む日々。。。でも続けてみた。友達も家にきて一緒に子供に本を読ませる集まりを開いたりしてくれた。

夏休みが終わる頃、太郎はゆっくりだけど自分で読めるようにだんだんなってきた。自分でも自信がついたらしく一人で練習しているときもある。第一関門突破!という感じ。

『愛に生きる』才能は生まれつきではない 鈴木鎮一(http://bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=1154869)の本を読んでますます努力すれば何でも出来るようになるんだと励まされた。鈴木先生はもとから才能がある訳ではなくて才能は育てるものだとおっしゃっている。その通りだと私も思った。鈴木先生はヴァイオリンの音楽教育を通してすべての子供たちが同じように才能を発揮出来るようにと長年教育に携わってこられた。そして素晴らしい功績も残されている。

ということで、私はヴァイオリンを始めた。いろいろ習うにあたりいきさつはあったのだけど、いい機会だしヴァイオリンの『ヴァ』の字も知らない私がどこまで出来るかやってみようと思ったのである。太郎だけが頑張るのではなく、お母さんも頑張ってまーす!って感じで2人で頑張ろうよーというメッセージもある。

ヴァイオリンを習い始めて3週間目。すごく楽しい!音も出ないし、キコキコうるさいけど、たまにきれいな音が出るようになってきた。ずいぶん前から物置においたままにされた埃くさいヴァイオリンからかすかな木の香りが音を響かせながら私に伝わってくる。ヴァイオリンが生きているような、喜んでいるようないい感じである。そして信じられないが、すごくストレス発散になる!これは本当です!
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9月のひまわり

2013/09/23 13:15 ジャンル: Category:未分類
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9月にはいって、私のパソコンが壊れてしまった。。。それで、今は主人のを使わせてもらっている。今までのように好きなときに好きなだけ自分のパソコンを使えないというのはさすがに不便だなー。私は今では珍しいといわれるだろう。携帯電話も持っていない。もちろん今、流行のスマートホーンやアイホーンなんてどうやって使うか???って言うぐらいアナログな人なんだ。太郎のクラスメートのお母さんに携帯電話の番号を聞かれたとき、持っていないので自宅に電話してくださいといったらすごくびっくりしていた。それくらい私は今時、貴重な人かも知れないなーなんて思う。ふふふふふ。。。そんな人がブログを書いてます。

太郎が4月末に植えたひまわりは3つ芽を出した。そして順調に育っていたがバークレーの涼しい夏のせいか、なかなか花が咲かなかった。そして8月の終わりにやっと1本目の花のつぼみがでてきて、9月に大きな花を咲かせた!
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開き始めたひまわり

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2、3日してやっと丸いお花になりました。

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そのあと、ひまわりの花はどんどん大きくなります。きっと種を作っているんですね。


ひまわりを植えたのは山元加津子さんのメルマガでひまわりのあかねちゃんのお話を読んでからだった。あかねちゃんは世界中にひまわりを植える活動を広げたいとおっしゃっていた。詳しくは以前のプログの記事を読んでください。(http://otafukuchan.blog.fc2.com/blog-entry-118.html

太郎の植えたひまわりは3本ともサイドウォークに面した小さな庭にある。だから道行く人はぽつんとのっぽのひまわりが大きな花を咲かせているのを目にして驚く、『わー。こんなところにひまわりが!』なんて感じで。サイドウォークに横付けに車を止める人もドアを開けるとき注意してくれたのだろう。ひまわりは傷つかず、折られることもなくどんどんみんなに見守られて大きくなった。そして花が咲いたら道行く人たちも喜んだ!若い女子たちがカメラを持ってきてひまわりと自分の撮影会をしていたと父がおしえてくれた。小さな女の子はひまわりをじっと見ていてお母さんが呼んでいるのになかなか歩き出さなかったり。大人だって結構長い時間見ている人もいる。そんな姿を見ているとこちらも笑顔になる。

ひまわりのおかげで私たちや道行く人も笑顔になった。あかねちゃんの想いどおり、ひまわりはみんなを幸せにするんだなと思った。あかねちゃん、かっこちゃんありがとう。私の配ったひまわりを植えてくれたひともありがとう!

ひまわりは大きな種をいっぱいつけて花はおわってしまったけど、この種をまた来年植えたり、みんなに配ったり出来る。ひまわりの命はどんどん広がって続いていくんだなと思うとうれしくなる。そして先日、2本目のひまわりも咲いた。

 山元加津子さんのブログから『生きる物語』

2013/09/10 03:34 ジャンル: Category:未分類
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ひろっちぃちゃんから、毎日新聞に載っていたよと教えていただきました。
<引用ここから>・・・・・・
「生きる物語:伝わる思い/1 妻の語りかけに笑顔」
http://mainichi.jp/feature/news/20130903ddm012040124000c.html
毎日新聞 2013年09月03日 東京朝刊
 7月11日、記者は東京都江東区のマンションをカメラマンと訪ねた。医師に「植
物人間」と宣告された上野文夫(ふみお)さん(53)に会うためだ。
 上野さんは、自室の介護ベッドであおむけに寝て、目を見開いていた。ベッド脇の
妻広美さん(54)が声をかけた。「これを取ってみて」。上野さんの胸の上に楽器
の鈴を掲げる。すると、肘が曲がり胸元に置かれていた右腕がゆっくりと上がり、
握ったままのこぶしが鈴に触れた。

 広美さんは続いて右手に鈴を握らせ、「鳴らして」と言った。上野さんが肘から先
をゆっくり上下に揺すると、鈴は柔らかく「シャリン、シャリン」と鳴った。右手の
動きは徐々にリズミカルに、音が小刻みになった。
 「新聞はテレビじゃないから音はとれないよ」と広美さんが指摘すると、表情が緩
み、「ハハハー」と笑った。「『植物人間』と呼ばれる人は寝たきりで反応もしな
い」と思い込んでいた記者は、妻とコミュニケーションし、笑顔もみせる姿に息をの
んだ。
 上野さんは涙も流す。広美さんによると、高校野球や五輪のテレビ、ラジオが大好
き。今夏の高校野球閉会式の中継で、観客から大きな拍手がわき上がると、「アー」
と声を出して泣いた。

 「植物人間」という表現は俗称だ。診断書には「遷延性(せんえんせい)意識障
害」と記される。日本脳神経外科学会は、自力移動できない▽自力摂食できない▽尿
失禁状態▽意味ある発語ができない▽簡単な命令に応じても、それ以上の意思疎通が
できない▽眼球が物を追っても認識できない--の6項目を満たし、治療しても3カ
月以上改善されない場合と定義する。上野さんは6項目に該当していた。
 遷延性意識障害は呼吸など生命維持にかかわる「脳幹」が生きている。脳全体が機
能を失い、回復しないとされる「脳死」とは全く異なる。
 上野さんが遷延性意識障害となったのは2007年。自転車で転倒し頭を強打した
ことが原因だった。【奥山智己】=つづく
<引用ここまで>・・・・・・

ひろちゃんありがとう。植物状態という言葉の一般的な理解と、6項目にも、どうも
差があるなあと思うのです。
そして、意思疎通ができないのは、その方法が見つかっていないからと言うこともあ
るのじゃないかと思いました。そして、3ヶ月のあいだに、回復しなかったというの
も、もう回復しないというのではなくて、その方法をとっているかいないかというこ
とがあるのだろうかとそんなことを思ったのでした。

かつこ
***
生きる物語:伝わる思い/2 2度転倒、頭を強打
毎日新聞 2013年09月04日 東京朝刊
上野文夫さん(右)は妻広美さん(左)の母校応援のため甲子園を訪れた=兵庫県西
宮市で2007年8月、上野さん提供
拡大写真 上野文夫(ふみお)さん(53)は、高校を卒業すると板前を目指した。
父が東京都内ですし屋を営んでいた。親類のすし屋の住み込みから始め、その後は日
本料理店で働いた。

 「行ってくるよ」。2007年9月3日、上野さんは東京都江東区の自宅から、勤
務先の目黒区の日本料理店へ自転車で向かった。いつもは電車通勤だが、この日は閉
店後に新メニューを検討するため、終電に間に合わない可能性が高かった。
 翌日未明、自宅で寝ていた妻広美さん(54)は、警察署からの電話で起こされ
た。「旦那さんが自転車で転んだので、署で休ませて帰します」。寝床で帰宅を待っ
たが、午前7時ごろ電話が鳴った。また警察だった。「上野さんが自転車で転び、救
急搬送されました」。直後に搬送先の病院からの電話で「緊急手術をするので了解
を」と求められた。訳が分からないまま、小学3年だった一人息子の泰広さん
(15)を連れ、タクシーで渋谷区内の病院へ向かった。

 午後2時すぎ、上野さんがようやく手術室から出てきた。だが、顔は腫れ、人工呼
吸器や点滴、脳から血液を出す管などがつながっていた。「お父さん、死んじゃうか
も……」と、泰広さんは変わり果てた父に絶句した。医師は「助かる可能性は50
%」と言った。
 事故の目撃者はいないが、傷の状況などから、2度転倒した可能性が高い。最初の
転倒で頭の左側を打ち、いったん警察で保護された後、帰宅途中に再び転んで右も強
打したらしい。自転車に大きな損傷はなく、2回とも自損事故とみられる。

 手術後は集中治療室に入り、家族もそばに居続けることはできなかった。広美さん
はその夜、夫が事故時に身につけていた荷物を抱えて病院を出た後、泰広さんとどう
帰宅したか覚えていない。
 術後から連日、脳神経外科医から説明を受けた。「右脳の損傷が激しく、左半身は
動かせないだろう」。その中で、信じられない言葉が出た。「植物人間だね」「社会
復帰は無理です」
***
毎日新聞の上野さんの記事の続きです。

生きる物語:伝わる思い/3 刺激に少しずつ反応
毎日新聞 2013年09月05日 東京朝刊
 自転車事故で頭を強打した上野文夫(ふみお)さん(53)は、「社会復帰は無
理」という厳しい現実を突きつけられた。妻広美さん(54)は、友人の差し入れも
のどを通らず、体重がみるみる落ちた。
 入院直後、看護師に「好きな音楽を聴かせて」と言われた。枕元にラジカセを置
き、高校野球の応援曲集をかけた。だが、閉じたまぶたの奥で眼球が動くように感じ
るだけ。

 遷延性(せんえんせい)意識障害の患者を長期受け入れる病院は多くない。事故か
ら3カ月の2007年12月、東京都江戸川区の病院へ転院。半年後には三鷹市の病
院へ、と転々とした。
 最初の転院後も、あきらめずにマッサージを続けた。刺激に反応して目を開くよう
になったが、座ることすらできなかった。08年春、上野さんが好きな「水戸黄門」
を見るために病室のテレビをつけた。オープニング曲が流れると、画面と逆を向いて
いた上野さんの首が動いた。慌てて「こっち向いて」と声をかけた。ゆっくりと首が
動き、最後はテレビに視線をやった。「動いた! 動いた!」。広美さんは叫ばずに
はいられなかった。

 さらに広美さんは、「書くことは脳の刺激になる」と聞き、上野さんにペンを持た
せた。その年の暮れ、「1書いて」と言うと、手が縦に動き、紙に1本の線を書い
た。09年夏には、「2×4は」と問うと、ぶれた字ながら「8」と書いた。
 しかし、病院は上野さんの「回復」に無関心だった。ある病院では、入院初日に
「あきらめなさい」と告げられた。広美さんがマッサージなどのリハビリをしても
「何のため?」と、看護師らの視線は冷たかった。
 広美さんは「自宅でリハビリをしたい」と考えるようになった。「可能性があるの
にやらなかったら、夫を見殺しにすることになる」と、情報集めを始めた。=つづく
<引用ここまで>・・・・・・

広美さんのあきらめない心に拍手を送りたいです。あきらめたら回復が止まってしま
うけど、あきらめなければ、きっと続いていく。広美さんが、どんなリハビリをされ
ているのかは、新聞ではうかがい知ることはできないのですが、一般的にも、一番効
果的なリハビリの方法があるのだと思うのです。リハビリはどうしたらいいですか?
とお尋ねをいただくことがあります。けれど、その方の状態に応じて、褥瘡や骨折に
も気をつけなければならないと思うのです。広美さんのように、ご家族が一生懸命
だったら、やっぱり一番効果的な方法でリハビリが行われたらいいのになあと、思う
から、その方法が、安全にできるように広がっていくにはどうしたらいいのだろうと
思います。

かつこ

プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

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