バークレイ お多福

スポンサーサイト

--/--/-- --:-- ジャンル: Category:スポンサー広告
TB(-) | CM(-) [Edit]

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

13092 北日本新聞の記事

2013/04/01 14:24 ジャンル: Category:未分類
TB(0) | CM(0) [Edit]

以下山元加津子さんのメルマガから北日本新聞の記事です。

6日目は宮ぷーのことを載せていただきました。北日本新聞の記事から
・・・・・・
ずっと伝えたかった/2013年3月17日~24日掲載6.絆
「いい顔しなさい」。山元さん(中央)に厳しくも優しい言葉を掛けられ、にっこり
笑う宮田さん=金沢市
■回復 奇跡じゃない
 「97、98、99…100!」 今月21日、金沢市内の病院の一室を訪ねる
と、明るい声が響いていた。この病院に入院する宮田俊也さん(46)=同市=が、
ベッドに座って脚のリハビリをしていた。足元には自転車のペダルのような器具。一
日に100回こぐのが目標だ。「宮ぷー頑張ったね」。見守っていた山元加津子さん
(55)=石川県小松市=が声を掛けると、宮田さんはにっこりと笑った。

 この4年間、毎日1時間のリハビリに二人三脚で取り組んできた。
 宮田さんと山元さんはかつて、金沢市の特別支援学校で同じクラスの担任をしてい
た。子どもたちからは「宮ぷー」「かっこちゃん」と呼ばれていた。熱血漢で世話好
きだった宮田さんが、脳幹出血で突然倒れたのは2009年2月のことだった。
 出血は広範囲に及び、脳は大きなダメージを受けた。瞳孔は開きっぱなしで、自発
呼吸もなし。「命は助かっても、意識は戻らないでしょう」。集中治療室で付き添っ
ていた山元さんと宮田さんの妹に医師が伝えた。
 父を亡くし、母は入院中だった宮田さん。妹も出産直後で、毎日の世話は難しかっ
た。「私がいるから大丈夫」。山元さんは、職場でもプライベートでも相談相手だっ
た宮田さんを今度は自分が支えようと心に決めた。

 仕事が終わると毎日病院に足を運び、午後8時までの面会時間内にさまざまなリハ
ビリを実践した。上半身を揺らしたり、脇を抱えて立たせたり。「宮ぷー、生き
て」。やみくもではなかった。長く障害児教育に携わってきた山元さんは、脳を刺激
することで障害が改善したケースを何度も目の当たりにしていた。
 宮田さんに変化が現れたのは4カ月後のこと。声に反応するように、眼球を上下に
動かした。山元さんは、ひらがなを書いた紙を代わる代わる見せて「言いたいのは
上? 下?」と問い掛けた。
 〈か こ〉
 数分かけて宮田さんが選んだのは山元さんの愛称だった。「そうだよ、かっこだ
よ」。宮田さんに寄り添い、声を上げて泣いた。

 宮田さんはその後も、驚くべき回復を見せた。倒れてから半年後には、首と右手が
動くようになった。
 「はい」と「いいえ」を伝えられるようになっただけでなく、スイッチを使って5
0音表から文字を選ぶ「レッツ・チャット」という福祉機器で文章を書けるように
なった。
 〈まいにちごめんね きてくれてうれしい〉
 〈なおりたい なおってやる〉
 宮田さんのリハビリへの意欲は日に日に高まった。
 病院のスタッフは「奇跡だ」と言った。でも、山元さんは心の中でこうつぶやい
た。「違うよ。宮ぷーが頑張ってきたからだよ」

 ペダルをこぐリハビリを終えると、山元さんは宮田さんを抱えて車いすに載せた。
宮田さんは動かせる右手を使って、病室のドアから窓際までゆっくりと進む。途中で
止まっても、山元さんは決して手を貸さない。
 窓際に到着したところでリハビリは終了。ベッドに戻って一息ついた宮田さんは、
レッツ・チャットを使ってみせた。
 〈がんばるすがた みてください〉
 「それなら、いい顔しなさい」。山元さんの言葉はいつも厳しく、優しい。
 カメラを向けた宮田さんはこの日一番の笑顔を見せた。
・・・・・・

北日本新聞の記事の最後です。
・・・・・・
「ずっと伝えたかった」掲載7.願い
観葉植物を眺めながら「早く桜が見たい」と両親に伝える中島基樹さん(中央)=高
岡おとぎの森公園
■僕らの後に道できる
「どんな状態にあろうとも、きっと気持ちはある。その意思をくみ取る方法をみんな
が知っている世の中にすること。それが僕の願いです」
2009年2月に脳幹出血で重い意識障害に陥りながら、文字がつづれるまでに回復
した宮田俊也さん(46)=金沢市=が自身のホームページに掲げているメッセージ
だ。意識が戻ってからも体が動かず、思いを伝えられなかった日々。孤独との闘いの
末に回復した経験から、同じ境遇にある人たちを一人でも救うことが使命だと思って
いる。

 〈ぼくのこと みんなにつたえて〉
意思を表現できるようになった直後の09年8月、宮田さんはリハビリをサポートし
てくれている山元加津子さん(55)=石川県小松市=にそう訴えた。養護教員とし
て障害児教育に携わってきた宮田さん。全国に推計5万5千人いるとされる遷延性
(せんえんせい)意識障害者のため、自ら“生きた教材”になると覚悟を決めた。
 山元さんは、宮田さんが記した言葉やリハビリに奮闘する様子をブログやメールマ
ガジンで発信した。まばたきや指の動きを使った意思伝達の手法や、脳に良い刺激を
与えるリハビリ方法も紹介した。
 「おじいちゃんがまばたきで返事した」「娘の指が動いた」。脳疾患や交通事故に
よって遷延性意識障害となった人たちの家族から多くの反響が寄せられている。

 「宮田さんの事例を伝えることには大きな意義がある」。脳の機能に詳しい国立循
環器病研究センター研究所(大阪)の柳本広二神経・脳外科研究室長は強調する。現
在の医療の仕組みでは、いったん「脳機能の回復は困難」と診断されると、その後の
経過が観察されることはほとんどない。改善があっても見逃されるケースは少なくな
いという。「脳の回復力は未知数。諦めずにリハビリを続けることで何らかの変化は
期待できる」と話す。

 23日の昼下がり。高岡市の高岡おとぎの森公園に散歩を楽しむ家族の姿があっ
た。1月に文字をつづれるようになった遷延性意識障害の中島基樹さん(31)=同
市木津=とその両親だ。花壇や観葉植物の展示コーナーをゆっくりと巡る。パンジー
の前で車いすを止めた時、中島さんがノートに記した。
 〈むらさき〉 「そうだよ。きれいだね」。母の依子さん(62)が優しく息子の
頭をなでる。言葉を取り戻してから1カ月後の先月上旬、中島さんは視力が回復し
た。最初は明るさが分かる程度だったが、今は本の文字も読めるという。〈はやく 
さくらみたい〉
「咲いたら一緒に高岡古城公園に行こうな」。車いすを押しながら父の利明さん
(64)が言う。中島さんにとっては12年越しの花見。つぼみはもう膨らみ始めて
いる。

〈あきらめないでください ぼくもあきらめません いきていきましょう きっとい
いことがあります〉
中島さんもまた、希望を届けることが自らの役目だと感じている。先月書いたこの文
章は、全国遷延性意識障害者・家族の会が今月末に発行する会報に掲載されることに
なった。
 言葉と共に光を取り戻した中島さん。再び歩ける日を夢見てリハビリに励む宮田さ
ん。回復への挑戦はまだまだ続く。二人は信じている。「僕たちの後に道ができる」
(社会部・浜田泰輔) =おわり
スポンサーサイト

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
この記事のトラックバック URL

プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

カテゴリ
ブロとも申請フォーム
検索フォーム
QRコード
QR

copyright © 2017 バークレイ お多福 all rights reserved. [Login]
   Template by ultrapanch
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。