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紹介したいブログ

2013/04/03 14:21 ジャンル: Category:未分類
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DSCN9005_20130403142654.jpg

山元加津子さんのメルマガに最近登場された西嶋さんのブログをご紹介いたいと思います。西嶋さんの奥さんが倒れられてから今の意識障害になられてからの介護記録です。その中に西嶋さんが作られた歌『夢の雫』を歌手の白井貴子さんが歌ってらっしゃいます。とても素敵な歌なので是非!聞いてみてください!
以下、メルマガの抜粋です。



白雪姫プロジェクトに、新しい仲間が加わりました。
「夢の雫 ~白雪姫プロジェクト~」
http://dropofdreams.blog.fc2.com/(http://dropofdreams.blog.fc2.com/
まずブログから。
・・・・・・
「新しい人生」
妻が倒れてから3年が経った。人生は想像もつかないようなこともある。僕の人生の
予定はすべて計算が狂ってしまった。しかし、この3年間を考えてみると、そのすべ
てが最悪だけな人生ではない。人間は生きていれば、悲しみも苦しみもあるけど、必
ず喜びもあるものなのですね。詳しく書くと、それだけで大量な文字が必要になるの
で、割愛しますが、妻が倒れたことがきっかけで、長男が結婚することになった。そ
うして、昨年、初孫と対面できた。今年になり次男の就職が決まった。介護用品のレ
ンタルの会社である。
きっと、面接で、会社の志望動機を聞かれたのだろう。たしかに必然性がある。
次男が就職できたのもたぶん、妻のおかげだろう。

人生には、色々な時期がある。人生は永遠だと感じていた若き日々。眠る事も惜しみ
ながら働くのが面白かったドタバタな時期。妻と出会い、結婚してから、夫、父とし
ての時期。1999年、妻の大きな乳癌がわかり、命について考え始めた時期。20
10年妻が脳幹出血で倒れてからの人生。と、色々な時期があるものだ。これから僕
らが死ぬまでに、何が出来るだろうか?と考えてみるが、考えすぎても始まらない。
目の前の妻の回復へ進むことにしようと思う。そんなときに、白雪姫プロジェクトと
出会った。面白い事に、出会いのタイミングはいつもちょうど良い時にやってくる。
これからは回復を奇跡と考えず、やる事をやれば回復することを知ったので、そう考
えて、リハビリをフォローしていける。

いままでは毎日に余裕がなく、振返ることが出来なかったが、ここらへんで、この3
年間を振返ってみたいと思い出していた。白雪姫プロジェクトのかっこちゃんからの
勧めもあり、背中をおしてもらいこのブログを書いてみようと思いました。そうし
て、これからが、また新しい人生の一歩になる予感がしています。
このブログ「夢の雫」は、僕が妻へプレゼントした曲のタイトルです。毎日、涙をふ
きながら駅までの道を歩いていた時、この涙は回復(夢)へ向かう為の雫なのだと感
じた。
https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk (https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk 
これがその曲です。曲が出来た経緯や、この3年の中での感じた、社会の仕組みの
困ったこと等など。色々ありすぎて、うまくまとめられるか心配ですが、今日から少
しづつ書き始めてみます。

「秘密兵器」
3月24日に白雪姫プロジェクトの山元さんの講演を聞き、早速「身体をしっかり起
こして座る事」をはじめてみることにした。車椅子にのせてから、身体をなるべく立
たせ、背もたれから背中を解放してあげようとすると、これが難しい、身体を起こし
ながら、首を支えなくてはならないので、こちらの体勢がうまくいかない。簡単だと
思っていたことが、出来るには出来るが、こちらの体勢が続かないのだ。
それで考えたのがこのアイデア。母の着物の帯を拝借し、妻の背中をまわして、ぼく
の腰に結ぶ。長さを調整して、腰を引くと車椅子が手前にズレそうになるが、それを
足のスネでストップさせながら妻の背中を立たせて座らせる。それで右手で頭を支え
て、左手で撮影した写真がこの写真。帯にバランスをとって腕をのせてみた。妻も気
持ち良さそうで、背中が解放される感覚というのがよいのがわかる。しっかり座らせ
ると、帯のテンションを緩めても、頭を支えるだけで座っていられる。この体勢だ
と、首の運動もしやすい事がわかった。

「さぁ、首を動かしてみよう!動かせる方向へ動かしてみて!」と話しかけると、か
すかに頷きの運動を始めた。1、2、3、4・・・連続して、動かしている。これは
スゴイ。スゴイスゴイ!と声をかける。それから、帯のテンションを計算しながら、
身体を左右に、グラーングラーンと傾けてみる。様々な方向へ動かしてみながら、3
0分。ハードなリハビリスタートとなったが、妻はがんばってくれた。そして、前向
きな気持ちも伝わってくる。
30分のハードな特訓が終わったら、今度はリハビリの効果を話しながら、お花見。
さすがに疲れたのか、背もたれを少し斜めに寝かせたときには目を閉じてしまった。
「この満開の桜もこれから散り始めるから、今年は見納めだよ。」と耳のそばで声を
かけると、桜をしばらく見つめていた。そのあとは、ベッドにもどってマッサージ
だ。

山元さんは宮プーの関節を毎日100回づつ動かすらしい。凄すぎる。今日は50回
づつで許しておこう。100回は僕が保たない(笑)最後の仕上げに足うらのマッ
サージをしていたときに、ちょっとくすぐってみたら、ビクビクビクと足を動かす。
びっくりして、何度かやってみる。やはり動く!確かに反射なのだろうけど、動くの
だ。妻の目を見ながら「ねぇ、足のうらくすぐったいの?」と話しかけると、「う
ん」というように、まばたきをする。ということは、感覚があるということではない
のか?不思議だなぁ。これからが楽しみだ。しかし、この母親から拝借した着物の
帯、大変役立つ。これは、マジックテープなどで長さ調整をしやすくすれば、介護用
品として商品になるのではないか?などと考え、自分でいいアイデアだと思うが、ほ
めてくれる人がいないので、妻にコミュニケーションがとれるようになったら、まず
最初にこの帯のことを褒めてほしいと依頼しておいた。いいアイデアだと思うのだ
が・・・どうなんだろう?
書いてくださっているのは西嶋さんです。講演会と上映会でお会いしたのがきっかけ
でした。それからメールをいくつかいただきました。載せさせていただきます。
・・・・
今日、講演会へ行きました。とてもよかったです。私の妻は2010年の2月に脳幹
出血で倒れました。倒れた時に医者から言われた言葉もまったく一緒でした。だか
ら、僕が看取るつもりで泊まっていましたが、4日目の朝を迎えた時、こいつ、生き
るつもりだと思って、息子に泊まりはバトンタッチして仕事に行きました。まずは、
お金がかかるので、ちゃんと仕事をしようと思った(笑)
リハビリについて今日の話を聞いたら、僕は、ちと甘かったと思いました。首がまっ
たく支えられないから、そのケアーを慎重にしていましたが、少しは負担をかけたほ
うが、筋肉がつくかもしれませんね。試してみます。あぁ、これを言いたかったわけ
ではありません。これは、どなたもそうでしょうが書き始めると長過ぎます(笑)

山元さん。僕がメールしたのは、、、、身体を休めることもちゃんとしてください
ね。・・・ということです。
今日、ぼくはお話を聞けてとてもよかったです。それだけ、動いて、動いて、動い
て、・・・という活動をしているから、僕も直接お話が聞けてとても良かったわけで
す。・・・が、同時に心配になりました。ありきたりな言葉ですが、頑張り過ぎはよ
くありませんので、お体を大事にしてください。それを伝えたかったです。
※妻が生き残った50才の誕生日に、この曲を作りました。友人がレコーディングを
記録したら、このようになっていました。
https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk(https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk
お時間があるときに、見てみてください。みな、思いはいっしょでしょうね。

・・・・
ありがとうございます!「一緒にがんばる」って言葉は、うれしいものなのですね。
ぼくは、どちらかと言えばひねくれもので(笑)なかなか、素直に言えないのです
が、言われるととても嬉しいです。それが、山元さんのストレートに相手の心に響い
いてそれが回復に繋がるのでしょう。ぼくも、もう一歩、妻に近づき、本気で動ける
日を目指すと約束してみたいと思います。

・・・・
ぼくも不定期でFacebookで日記を書いています。もともとは、Facebookの意味を知
らず、主治医と妻を知る数人の友人とスタートしました。いつも、気にしてくれてい
る人にメールをしていたのですが、大変で(笑)Facebookに書けば、皆が見てくれ
て、妻の今を知ってもらえる便利なツールだと思いました。ところが、部下やら、
色々いっぱいの人と繋がり、場違いな日記となっていきます。しかし、今もそのまま
気にせずやっています(笑)最初は友達になってくれた人に、「変に思わないでね」
みたいなケアをしていましたが、もう辞めました(笑)アイコンの写真は、妻が倒れ
る前に撮った最後の僕らの2ショットこれは、影だったのですが、富士五湖の本栖湖
のそばで二人で散歩した時の写真です。
虹の写真は、昨年の冬に妻の病室からたまたま見えた虹を撮影しました。
http://www.facebook.com/nishijima.takamaru  (http://www.facebook.com/nishijima.takamaru 
たまに、こうやってメールさせてもらいます。これからも、よろしくお願いします。

・・・・
昨日、妻を車椅子にのせ、満開の桜の花見をしながら、先日購入した本を朗読して聞
かせ、その次に、いつもより直角に背をたたせ首がグラグラするけど、これが首の筋
肉になるんだと話しかけながらリハビリをしました。
僕は昨年、体調を崩して、ハードな仕事はもう無理だと思い、先月退社しました。な
ので今はゆっくりと病院で時間を使えます。毎日のデートは楽しく、たぶん27年前
に付き合いはじめた頃より、多くのデートを出来る環境を、退社によって手に入れる
事ができました(笑)なので、このタイミングでこのノウハウを学べることは、大変
有意義で、回復への架け橋になると思っています。

添付は2011年、妻の51才の誕生日にプレゼントした曲です。これも、お時間が
あるときにぜひ聴いてみてください。ターゲットが一人だったので、上手な歌手に
歌ってもらうより、いちばん彼女に響く方法、息子(次男)に歌わせました。少し卑
怯な方法なのですが、ターゲットの心を揺らすためにはこれが一番だと感じたので
す。
2010年2月13日に倒れたとき、90%他界すると言われ、その夜に書いたのが
http://j-lyric.net/artist/a00091d/l021af9.html(http://j-lyric.net/artist/a00091d/l021af9.html
ベッドサイドという詩でした。
これは、ある意味、さよならの歌でした。
作詞が澤水困となっているのは、
http://www.facebook.com/nishijima.takamaru/posts/426426140768373 (http://www.facebook.com/nishijima.takamaru/posts/426426140768373 
・・・・こんな理由からです。

この曲は、ちょうど因幡晃さんの35周年アルバム「まん丸の蒼い月」というレコー
ディングの直前に曲が出来てきたので、ついでにレコーディングしたらいい出来だっ
たので、このアルバムに収録されています。
しかし、ある意味では、さよならの歌でもあったので、生き残った妻に対してこの曲
だけではなく、これから一緒に生きる歌を作ろうと、先日、見ていただきた「夢の
雫」を白井貴子さんに歌ってもらいました。これは、50才の誕生日プレゼントでし
た。

それからまた月日が経ち、なかなか状況が変わらない中、それとたぶん僕の予想では
妻自身、状況を把握すればするほど、最悪な状態であることを理解していく段階でこ
れは、死にたくても死ねない、絶望に向かう時期が必ずくるだろうと思っていたの
で、妻の51才の誕生日プレゼントとして添付の「僕たちのルール」を作り、さらに
息子に歌わせたわけです。下手くそですが、それでもきっと、息子の声だとすぐわか
るはずですから効果を期待できると思いました。
僕は音楽関係の仕事を長くやってきたので、アプローチとしてはいつも音楽を考えて
しまいましたが、これからは、白雪姫プロジェクトが教えてくれる方法をどんどん試
していきたいと思っています。本も2冊購入して、1冊は病院の看護師さんへ渡し
て、回し読みしてもらうつもりです。

妻はコーヒーが好きだったので、ストローで1滴口に入れたり、氷のかけらを口にい
れることで反射を含めてうごくことをやっていたのですが、みなさんから猛反対にあ
い、院長先生まで看護師さんたちから突き上げをくらってしまい(笑)、カンファレ
ンスのときに、院長から西嶋さんへ伝えてください!とか周りから言われていて、
渋々、コーヒーの1滴はやめました。肺炎のリスクが増えるという理由です。確かに
そうだと思いますが、好い事と悪い事、これは常に背中合わせのこともあると思いま
す。口にものを入れれば、誤飲の可能性が出来てくる。だから口にものは入れな
い・・・ということでは、先に進まないのになぁと思って・・・
人間、口から味を楽しむことは、それは生きることに直結したことだと思うのです。
着地点がうまく計算できないまま、とりとめのない文章となりました。今日も、午後
は妻をしっかり座らせにいきます!

・・・・
今年になって、口の動きが大きくなって、調子がよかったのですが、ここのところ、
やはりそれ以上の変化がないためか、口をあまり動かさなくなってきてしまっていま
した。
しかし、車椅子には乗りたいのでしょう。私の顔をみると「い」「く」と口を歪ま
せ、突き出します。だけど、車椅子にのってしまうと、もう口は動かしません。
今日はひとつ自分なりのアイデアを加えて、背中をなるべくまっすぐに座らせまし
た。母親の着物の帯をもっていきました。妻を車椅子にのせたあと、妻の背中へ帯を
通し、それを僕の腰にぐるりと回し、長さを調整しながら結びます。そして、僕の腰
で引いて妻の背中を引っぱり背筋を立たせます。この時に首を両手でもっておいてあ
げられるので、首を動かすレッスンを、背中を背もたれから離して座っている状態で
できるのです。

両手で顔を支え、話しかけながら、首をまずは好きなように動かしてごらんと話しか
けます。今日は、かなり長い間、うなずきの動きを何度もやってくれました。これ
は、かなりいいアイデアではないかと我ながら自分をほめました(笑)
病院の廊下でやっていたので、看護師さんたちがちょっとビックリしていましたが
(笑)
それと、担当のソーシャルワーカーに、映画のことと山元さんの話を説明し、本を渡
しました。看護師さん一人にわたしても、渡されたほうも困るだけでしょうから、僕
が今後やりたいことを説明し、協力してもらいたいと依頼し、本をわたしました。
ソーシャルワーカーの方は、読んだ上で、みなで相談してみて、それから院長へ相談
してみると話してくれました。どうなっていくか、わかりませんが、焦らずに進めて
いきます。

・・・・
明日は晴れるようなので、外に連れて行って、特訓する予定です(笑)残念ながら、
倒れてからすぐに尖足になってしまいました。
最初に担ぎ込まれた救急病院ではマッサージはなく、3ヶ月たったときにはもうしっ
かり尖足になっていました。当時は、僕も知識がまったくなかったので、マッサージ
の大切さを理解していませんでした。それなりには、やっていたのですが会社に行く
前に、30分立ち寄りマッサージしていくのですが、それだけがすべてでした。
転院したとき初めて転院先の病院の院長から、マッサージしていなかったの?と質問
されてはじめて、脳幹出血で一生寝たきりだから、やっても無駄だという考え方が、
最初の病院にあったことを知りました。
大変悔しかったです。僕に知識があれば、もっと毎日、マッサージをやっていたのに
と思います。今日も、足のうらを触りながら、こわばりを少しづつ解放して、足の裏
を大地につけたいとイメージするように話をしました。

過去のことはもう忘れていいから、未来のイメージをどんどんしていこうと話をしま
した。とにかく、明日また特訓します!妻が倒れて3年が過ぎました。いちど、この
3年を振り返り、まとめたいと思っていました。倒れたときのこと。90%死ぬと言
われたときのこと。人工呼吸器についての決断。お金がとてもかかったこと。出て
行ってと言われたときのショック。妻が倒れたことのショックから、50才をすぎ
て、生まれてはじめてアトピーになったこと。戦うモードに入ってから身体の血管を
しめあげて、急に高血圧になったこと。気功をやっていたので、なんとか自分を落ち
着かせることができたけど、そうでなければ、どうなっていたかと。自分を静かに見
つめる時間の大切さを改めて知ったこと。

妻が39歳のときに大きな乳がんが発見され、その時ももう死ぬと思っていたが、な
んとかクリアーしてやっと10年経って、、、そうしたらすぐ倒れて、、、という人
生でした。山元さんの人生の価値観は、子供のことから変わっていないようです
(笑)が、僕はとても変わりました。妻の命の危機に直面してから、とても変わりま
した。しかし、どんな時も、いつも我々は乗り越えることができると、その準備をし
ていたように思う事。
西洋医学ではだめだから、霊的なヒーラーにもお願いしてみると、面白い話がきけた
こと。それが本当かどうかは別にして、(それは死なないとわからないので、死ぬ事
も実は楽しみだったりすること)今は、考え方として二人でこの世を修行していると
感じる事。この修行をするために生まれてきたと考えると、今がとても順調なプログ
ラムで、予定通りに人生を進んでいると思って生きていること。など、へんな話の方
向にもちょっと広がりますが、書きたいことはとてもたくさんあります。

さすがに、このあたりは、Facebookでは重すぎて書いていませんので、そんなことで
もよいのでしょうか?
勿論、周りに勇気を与えられる、あきらめないという事に繋がるメッセージであるこ
とが大切だと思いますが、突き落とされたときの気持ちも、書き留めておきたいもの
です。
病院を追い出された(表現がよくありませんね)時の気持ちは、本当に見捨てられた
気持ちになりました。それも、ただただ、早く出て行ってほしいのが如実にわかりま
した。
今いる病院はとてもいい病院ですが、そこのことは全く紹介してくれませんでした。
待ちが半年以上あるからだということが、今は理解できますが、紹介さえもしないの
です。そのかわり、月40万の療養型病院をいくつも紹介されまさいた。
バカじゃないの?って(笑)思いました。

これは、法律の問題ですから、厚生労働大臣にもメールしましたが、数日たってから
定型文が送られてきただけでした。何をやっても、見放されている気持ちになったも
のです。障害年金も倒れてから一年半たたなければ受付自体をしてくれないこと。病
院からは一生、全身麻痺で手足が動かないと宣告され、公的機関からは手足がなく
なっていれば、障害年金はすぐ受け取れるのですが、脳幹出血でも五体満足というカ
テゴリーに入り、症状固定は一年半がルールだと言い渡される矛盾。みなが通ってき
たことだと思います。
なので、そろそろこの3年の振り返りをしてみたいと思っていたので、そんなことで
もいいのでしょうか?
もちろん、涙がでるような喜び、感謝を与えてくださったお医者さんにも出会ってい
ます。そちらのブログで使えるものになるかどうかわかりませんが、どちらにせよ僕
の気持ちのまとめという意味でも、書き始めてみたいと思います。
DSCN9003_20130403142654.jpg

ここからお多福です。西嶋さんが毎日がんばってらっしゃる様子がとてもよく分かります。そして、西嶋さんのように他にもがんばってらっしゃる方がたくさんいらっしゃると思うのです。一人で辛いときにどうしようもないときに仲間がいれば自分自身がとても強くなれる事をかっこちゃんは教えてくれました。どんどんつながりが広がってみんなが仲間になれば他人事ではなくなって日本中の人が意識障害の方達の回復に興味や理解をもって協力者がどこにもかしこにも現れる事を祈っています。
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プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

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