バークレイ お多福

ブログ夢の雫

2013/04/06 14:20 ジャンル: Category:未分類
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山元加津子さんのメルマガからブログ夢の雫の記事です。西嶋さんの文章は体験のない私にも映像をみているように伝わってきます。そして人と人の出会い『縁』のお話が興味深いです。以下メルマガからです。

西嶋さんの「夢の雫」のブログhttp://dropofdreams.blog.fc2.com/
を読ませていただいて、私がどうしても書ききれていない、医療保険制度のことにつ
いても、書いてくださっていて、ぜひ載せさせていただきたいです。そのまえに、今
日の西嶋さんのフェイスブックもすごくうれしかったです。
・・・・・・
(西嶋さんのフェイスブックから)
「特訓の成果」
今日、妻の特訓をしたあとに、ベッドにもどってから、「僕のうしろに道はできる」
の本についているDVDの、「はじめに」での山元さんのコメントと、映画のトレー
ラーを妻にみてもらった。真剣なまなざしだ。(まぁ、彼女は、このこわーい顔しか
出来ないので、笑う練習をするためにも、このDVDに収められているマッサージテク
ニックは僕にとって必需品となりそうだ。)ちょうど、見終わった時に、看護師さん
が来て熱を計っているときに、声をかけた。

本を見せながら、この白雪姫プロジェクトのサイトにアクセスしてみてください。こ
こには、腰を痛めない介護方法とか、なんやらかんやら、あーだ、こーだ、と話しな
がら、最近、妻を車椅子にのせて、ハードな特訓をしているのは皆知っているわけだ
けど、その理由を話した。「えぇっ!ボタンひとつで、言葉が伝えられるんです
か?」内心「へへーん。そうなんです。」と自慢しながら、この一週間の特訓で、あ
る角度を保つと、妻は首を一定時間自分で支えることが出来るようになったと伝えた
ら、びっくりしていた。内心は「へへーん」である(笑)それで、今は首を動かし
て、レッツチャットを使えるようになることを目指していると話をしていたら、その
話を聞きながら、妻が首を動かせて見せた!すごいすごい!内心、びっくりしたのだ
けど、「ほら、今の話をきいて、首を動かしているんですよ」って当たり前の顔をし
て言ってみた(笑)
http://www.amazon.co.jp/僕のうしろに道はできる-紙屋-克子/dp/4883205754 

・・・・・・
(ブログ、夢の雫から)
「ベッドサイドからの景色(5)」
松村先生(奥沢病院院長)は、診療点数制度について、素人の僕にもわかるように教
えてくれた。それは、妻を受け入れることは出来るが、やはりいつまでもというわけ
にはいかない。それが、現在の医療保険制度であり、点数制度だということだった。
なんとなく、法律がそうなったなぁ・・・程度しか知らなかったので、実際にはどん
な仕組みかは知らなかった。
入院するためには入院する理由が必要だ。それが病名である。そしてその病名に点数
が付き、それが患者の持ち点となる。そしてその得点は日数経過により減っていく。
例えば肺炎なら2週間で持ち点がなくなる。そうすると、病院は保健からお金がもら
えなくなる。患者さんの支払い金額(だいたい30%)だけの入金となり、病院に
とって赤字の原因となる。こんなイメージだったと思う。

病院に入院したことがある人はわかるだろうが、お医者さんの一日はビックリするほ
どタフな仕事だ。看護師さんたちは、大変なシフトをやりくりし、大勢のスタッフで
夜も寝ずに働いてくれている。この仕組みを維持できないと、病院機能として問題が
でる。しかし、得点のない人が長期入院していたら、お金は入って来ない。ようする
に経営ができなくなるのだ。確かに色々な弊害があったのだろう。お年寄りが居心地
がいいということで、出て行ってくれないなどの一部の理由があったようだ。そこ
で、病院が患者を追い出す仕組みを保健制度として考え出したのではないかな。たし
かに考えた人は頭がいい人だろうけど、あまり好きじゃない方法だ。

妻もまずは1ヶ月、長くても1ヶ月半が限界だという約束で入院させてもらった。こ
こからは、転院を繰り返しながら、病状が安定したところで、療養型へ移るといった
プログラムを組んでいこうと、松村先生は計画的な話をしてくれた。その上この先生
がすごいのは、グループ病院との横の連携をとり、転院先の面倒をしっかりみてくれ
たのだ。患者の家族にとって、この転院問題のサポートは、本当に心底助かるのだ。
僕らにとって、どれだけ心が安定するサポートであることか。出会えたことに感謝を
し、とにかく今後は、先生が決めてくれた通りに動こうと思った。
点数制度の話をしてくれて、1ヶ月半が限界と言っていたのですが、実際にはさらな
る転院先のベッドが空かずに、結局3ヶ月入院させてもらった。入院させてもらい嬉
しいやら、申し訳ないやら、奥沢病院には持ち点ゼロ患者として迷惑をかけることに
なった。

松村先生と話をしたときに、初めてマッサージの大切さを知りました。先生は筋肉拘
縮を防ぐためのリハビリとしてのマッサージを何故行っていないのか?不思議だと話
していました。最初に入院していた病院では3ヶ月以上、マッサージリハビリはして
いませんでした。それは、脳幹出血の患者にリハビリをする必要はないという考え
が、その病院にはあったのだろうと思います。急性期のための病院ですから、リハビ
リの必要がある場合は、他に移ってから、、ということだったのかもしれません。奥
沢病院に転院する前に、すでに尖足になってしまいましたが、今思えばとても残念な
ことです。僕が知識があれば、交渉も出来たでしょうし、自分でももっとマッサージ
に力を入れることが出来たように思います。

<「縁起」と「ちょっとへんな話」>
最近、僕は「唯識」という仏教の考え方を勉強しています。5世紀頃に日本に入って
きたこの考え方は、深層心理学とでもいえる考え方です。フロイドやユングといった
人たちの、とんでもない遥か昔に、すでに仏教では潜在意識に目を向けていた訳で
す。僕も知らなかったのですが、奈良の興福寺、京都の清水寺なども、「唯識」を伝
えているお寺なのだそうです。それをここで掘り下げるわけには行きませんが、簡単
に言えば「人間も自然もすべては、その繋がりの中で起こっているものである」とい
うことです。当たり前ですが、一人だけで何の関わりもなく生きている人はいない。
この世にいなかった僕は、長い祖先の出会いの連続の中で今はここいますが、そのう
ちまたいなくなります。すべては「縁」で起こっているわけです。

いつもこの「縁」は、確実なタイミングで必要な時に現れるようにプログラムされて
いる「出会い」があるのではないのか?と思うことがあります。その「出会い」は、
何故かそうなるように仕組まれています。今、思い起こすと不思議なことがたくさん
あります。書ききることは出来ませんが、奥沢病院の松村先生との出会いはその一つ
です。今も繋がりながら、お世話になっています。
・・・(後略、ぜひぜひ、西嶋さんのブログをごらんになってくださいね)

「ベッドサイドからの景色(7)」
<転院、そして新たなスタート>
2010年5月24日(月)に奥沢病院へ転院した。救急車と同じ仕様の車をチャー
ターして、痰の吸引もできる方がついてもらい、転院するのだが、この車を頼むだけ
で5万かかったのにはびっくりした。これから転院は増える予定だから、これも予算
にいれておかなくてはならないと思いました。
転院してすぐにわかりましたが、奥沢病院は人気のある病院です。そして変な言い方
ですが“活気”のある病院でした。こんな病院は初めてです。病気の人が多くいるの
が病院なので、よく聞く話ですが、誰もが病院はいるだけでとても疲れると言います
ね。それは病の人の「気」が蔓延しているわけだから当たり前なのです。だから「病
気」なのでしょうね。

しかし奥沢病院は、スタッフ全員の「やる気」があふれていて、エネルギーが溢れて
いるのです!病院というのは「気」を吸い取られてしまうような場合が多いのです
が、ここはエネルギーが補充できるかもしれない(笑) そのくらい「やる気」が溢
れているのです。つくづく、僕たちは恵まれていると思いました。2月13日に地獄
にダイブし、生き残ったものの“転院問題”で挫折しそうになりながらも、ついに次
なるステップへと進むことが出来たと実感しました。死ぬまで現状維持としてではな
く、辛く険しく長い道のりだとしても、希望の光に向かって、ここからが僕たちは人
生を再スタート出来るのです。その場所がここ、奥沢病院なのでした。さぁ、これか
ら普通に奇跡を起こしに行こう!松村先生をはじめ、奥沢病院のやる気まんまんのス
タッフのみなさんが、僕たちのかけがえのない応援団になってくれる。そして、新し
い生活がはじまりました。

時は流れ、変化しつづけるのが僕たちの人生です。これは「無常」です。「常なるも
のは無い」のです。選択しなくてはならない事柄は、どんどん目前にやってきます。
未来は予測できないけど、あの時、自分の心の底から聞こえる声を信じて行動を起こ
したことが、ここに繋がった。松村先生との「ご縁」に感謝しました。同時に、あの
時に諦めていたら、前の病院から薦められた療養病院へ自動的に行っていたので、こ
の時の別れ道は、とても大きな別れ道だったのだと震えました。この経験は、今後も
絶対にあきらめないことが大切なのだと教えてくれました。
5月25日早朝、松村先生へお礼のメールをしました。早速返信をいただき、そこには
僕たちにとって、飛び上がりたいくらいに希望の光をみるような、うれしい文章があ
りました。

~~~~~~
2010年5月26日am7:05
西嶋様
おはようございます。メールをありがとうございます。昨日は外来中でゆっくりとお
話する時間も作れず失礼しました。清美様を昨日診察させて頂きました。医学的に証
明することは難しいですが、脳幹部出血で身体は動かないが、意識はしっかりとある
と思います。リハビリの道は長く険しいですが、一歩一歩進んでいきましょう。本日
(火曜日)神経内科の専門医にも今後の治療方針について相談してみます。金曜日午
後-夕方か、土曜日午前にお話しする時間は在りますでしょうか?
当院は院長はたいしたことないのですが(笑)、有り難い事にスタッフは素晴らしい
人が集まっています。しかし、至らないことも多々あるかと思います。どうぞその節
には何なりとお伝えください。患者さんを中心に、我々病院スタッフとご家族が十分
にコミュニケーションをとることが大切だと思います。どうぞよろしく。 松村 拝
~~~~~~

このメールを見て涙がこぼれた。「意識はしっかりとあると思います。」・・・この
ことを、お医者さんから認めてもらえることは、僕たちにとって、本当に救いであ
り、希望の光でした。このメールを見た時に、僕は叫びたいくらいの気持ちでした。
もう忘れちゃったけど、実際メールを見て「うぉー!」って叫んでいたのかもしれま
せん(笑)そう思ってくれている方が妻の担当医であるという事実が家族全員の心を
支えてくれました。僕はすぐに妻のかかわりのある人たちすべてに連絡をしました。
「意識があると思う」ことは、すべてにおいて意味を持ちます。リハビリの意味が明
確に進むべき方向を示し、まったく変ってくるのです。<意識がないから、リハビリ
の必要がない> → <回復へ向けて努力していきましょう>へ変化した瞬間です。

最初の病院では、意識がないことを前提としていました。それはきっと、医学的証明
ができないことは、言わない。それは予リスクコントロールの過剰反応ではないかと
思います。現代は色々な面で自主規制が過剰だと感じますが、病院の先生がネガティ
ブだと患者はもっと敏感に大きな不安を感るものです。もちろん、口先だけでいい事
を言うわけにはいかない、責任ある立場としての辛さもあると思いますが、病気の半
分は精神(気持ち)も関係すると思うのです。その気持ちを突き落としてしまって
は、免疫力を衰えさせる原因にもなるように思います。

2005年の春だったと思うのですが、妻の癌手術を終えて5年経ったときに、一緒
に病院へ行きました。これで、完治と言ってもらって、妻の不安を払拭したかったの
です。妻は自分では恐くて質問できないと言っていたので、そこで僕が「先生、手術
から5年が経ちました。これで今回の癌は完治ということですよね?」と確認した。
先生は「いやぁ、西嶋さん、乳癌はねー、10年経たないとそう言えないんです
よー。」とあっさり言われました。僕は内心「医学的な決まりなのかな?しかし、年
数はどうやって決めるんだろうな。そーかもしれないけど、5年と言っておけばいい
じゃないか。万が一再発症したら、それは新しい癌だと捉え、新たな闘いが始まると
いうだけだ。まずは“完治した”という喜びが、免疫を高めるのではないか? リス
クコントロールばかりで、これじゃ勇気づけることができないじゃないか! 

お医者さんが背中をポンとたたいて「大丈夫!」と言ってあげることが、どれだけ患
者の気持ちを救うことになるか知らないのか? それで治っちゃう人だっているかも
しれないのに・・・・」 と思いました。もちろん、これは患者の家族側の勝手な思
いでありますが、そう思いました。
そんな経験も過去にありましたので「西嶋さんの奥さんはしっかり意識があると思い
ます。」と言ってくれることの意味を、松村先生はしっかり知っている方だと思いま
した。こんなに家族に勇気を与えてくれることはない。そうして僕らはもっともっ
と、前よりさらにそのつもりで妻に向き合えるのだ。

その後、松村先生に紹介していただき、先生の患者さんである、10年前に脳幹出血で
倒れた方と会い、お話を聞かせてもらったことがあります。そのご夫婦はちょうど僕
たちと同じ年齢のときに奥さんが倒れ、ご主人が献身的に介護しつづけてい、10年
が経ったという夫婦でした。すぐに在宅で生活をするという選択をし、大変な毎日を
生抜いてきました。ご主人は明るく、お話をしている間中、笑顔をたやしませんでし
た。この奥様もそうだったようですが、一番つらいのは、脳では判断出来ているの
に、表現がで出来ないため、周りから“意識がない”と思われていた時期があり、そ
の時期がいちばん辛かったということでした。

このことは、色々と転院先を探しまわっていたときに、お会いしたあるお医者さんか
らも聞いたことがありました。その先生のお母様が同じ脳幹出血で倒れた時の話をし
てくれました。倒れてから12年間生きたそうですが、意志の伝達が出来るところまで
持ち直したそうですが、全く同様に、理解してもらえなかった時期がいちばん苦し
かったと話していたそうです。意識をあると理解してもらえるかどうか?それは、ま
わりから自分が<人間>として認めてもらっているかどうか?の差なのでしょう。
僕たちは幸せです。上記のおふたりは、2年以上意識不明だと思われていた時期があ
るのです。しかし、妻は3ヶ月半で、きっと意識はあると理解してアプローチしてく
れる先生と病院にめぐりあえたのです!これがどれだけ、幸せなことか、言葉では表
せません。きっと妻も同じ気持ちだろうと思いました。

そして、この活気あるれる病室は、看護師さんたちも声を掛け合いながら、なんとい
うか、にぎやかな病室なんです(笑)きっと、静かなところより、この活気のある、
言葉が飛び交う病室のムードは、妻の意識に刺激を与えつづけてくれる環境になるこ
とだろうと思いました。もちろん、看護師さんたちも、当たり前のこととして、妻は
意識ある患者だとしてアプローチしてくれます。声をかけてくれて、説明をしてから
アプローチをする。きっと妻は、意識があると理解されていることが、とても嬉し
かったことだろうと思います。一つ間違うと“物を扱う”ようなやり方になりかねな
い。よく、反応できない患者を前に、かなりヤバイ話をしている場面に遭遇すること
がある。あぁ、これ聞こえているのだから、ちょっと表現がなぁ
・・・などと、思う時があります。この違いは、妻にとってはとてもとても大きな違
いだと思います。感謝!
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プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

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