バークレイ お多福

素敵な人!

2013/04/08 15:29 ジャンル: Category:未分類
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今日4月6日は近所のお寺のバークレー東本願寺で花祭りのセレモニーがあった。花祭りというのはご存知の方も多いと思いますがお釈迦様のお誕生日です。もうずいぶん前に亡くなられたお釈迦様のお誕生日を祝うというか、仏教の教えを通して人々の本当の幸せや生き方を教えてくださった事に感謝するという感じのセレモニーでした。

特別な日なのでゲストが来ていました。Cheonho Yoon(チョノ ユン)さん。見た目25、6歳(実はもっと年上)という感じの爽やかな好青年でした。私は彼にあった瞬間になぜか日本から来た人だ!と思ったのです。でも、名前を伺って日本人ではないから日本から来られたのではないんだと思い直しました。が、しかし彼は在日韓国人として日本で生まれ、日本で育ち高校生で交換留学生としてアメリカに留学して日本の大学に入学して音楽を勉強してその後またアメリで修行。その後トランペット奏者として今は私たちの地元バークレーシンフォニーとバージニアシンフォニーの両方のオーケストラで活躍されているという事でした。詳しくは(http://www.cheonhoyoon.com/)をご覧ください。

彼は第一印象通り日本からやってきた人でした。花祭りのゲストとしてお寺で自己紹介やトランペットの種類や道具について説明しながら演奏もしてくれました。初めの曲は『さくら』でした。以前、私のブログでも書きましたがとても日本的な歌詞の曲です。季節に合わせたのかそれでもとても日本的な曲を在日韓国人の彼が選んだ事に少し私はびっくりしたのでした。でも素晴らしい演奏で私は涙が止められなかったのです。

彼の生い立ちは私の想像と少し違いました。彼の祖父は日本でやはり大変な差別を受けて苦しんだろうという事。彼は祖父から詳しい話を聞けなかったと言います。そして彼の両親は日本名ではなくて本名で彼を日本の学校に行かせて在日韓国人である事を隠さなかったという事でした。昔に比べれば彼の時代はまだマシだったと言いますがやはりいじめ等もあったようです。そんな過去を語る口調もとても明るく嫌みがないというか本当の意味でリベラル(保守的でない)な人だなと思いました。彼の祖父もわざと彼には自分の苦しい話をしなかったのではないかと後で私は勝手に思いました。そういう恨みや悲しみの感情を孫に引き継いで欲しくなかったのではないでしょうか。

彼は本名を名乗り堂々と生きてきた感じです。たくさんの矛盾が押し寄せてきてもその度にプラス思考で乗り越えてきたと思います。そしてとても自由な感じです。何者にもとらわれない自分は自分でいいという感じでしょうか。会う人みんなを引きつけるやさしい笑顔。ユーモアーのあるしゃべり方。若いのになんと奥の深い人もいるものだと感心したのは私だけではなかったのです。隣に座っていた私の父は感動して大きな拍手を彼に送っていました。私の父は78歳です。在日韓国人、他の国の在日の方々の苦しさを目の当たりに見てきた世代です。

アメリカに来て私はアメリカ人になりましたがその前は日本人でした。日本を捨てたのかというとそうでもなくて日本が愛しいし、好きだし、嫌いだしと以前と変わりません。そしてアメリカ人になった今が本当に自分は日本人らしいと思うのです。国籍が変わっても私は何とも変わらないのです。Cheonhoさんも日本国籍がなくてもすごーく日本人なのでした。

アメリカでは話のトピックはどんな事でも核心に迫ります。Cheonhoさんも差別問題に触れますし、そういう質問も出てきます。でも、実に淡々と答えてらっしゃる。

私は花祭りのセレモニーの後ランチパーティーのときに彼に少しお話しさせって頂きました。それは今でも時々思い出す専門学校時代にとても仲良くしていたお友達のことです。彼女の家に泊まり込みで遊びにいったとき彼女はなんだか落ち着きがなく、高校の卒業アルバムを私に見せました。私はそれを観て彼女がどこにいるか分からなかったのです。どうしてかというと、彼女の名前がなかったから。そして彼女に聞きました。

『どの写真?』彼女は指を指して教えてくれました。その写真の下には私の知らない名前が書いてありました。そしてその写真の制服は韓国のチョゴリのデザインでした。でも私はそのとき何も驚く事はなく、なんで名前が違うんだろ?姓名判断でいい名前に変えたのかしらん?みたいな感じで全く気にしなかったのです。それで写真を見て『わーかわいい!若いな!』みたいな事を言って終わったと思います。彼女はそれについて全くコメントしませんでした。

私は本当に無知でした。今は分かります。彼女が自分が在日韓国人だという事を伝えたかった事。私にはどうでも良かったけど、彼女がもし本名で私の前に現れていてもきっと友達になっていたと思うのです。でも、彼女はどんなに苦しんでいたのでしょうか。今更思っても仕方のない事をくよくよするのでした。Cheonhoさんにこのなはしをきいてもらって彼は答えてくれました。その友達は私と仲が良かったから自分が在日韓国人である事を伝えたかったのだろうと。私もそう思います。

アメリカにいても差別というのは悲しい事にあります。黒人、ヒスパニック系の人たち、私たちアジアの人たち。また、白人でもある特定の白人でなければ差別されたりと本当にきりがないと思います。私はアメリカに来てもっと日本にいたときよりも心をオープンにする努力をして環境に慣れてきました。慣れるというのは大事な事です。知らないから怖がって遠のくというのがありますから。

太郎が幼稚園に行っていろんな人種の方と接する機会があります。どんな人種の方でも素敵な人がたくさんいらっしゃいます。意地悪そうに見えても実は自分の誤解だったという事もあります。本当に意地悪されても逃げません。笑顔で返すのです。天然ボケの私にはやりやすい方法かも知れません。

私ももっとCheonhoさんの用にオープンマインドでみんなに接したいと思いました。そういう行いが自分の子供たちにもつたわり周りにも伝わって差別というものがいかに無意味なものであるかという事をみんなで伝えられたら素晴らしいだろうなと思いました。

Cheonhoさんはアメリが出の活動だけではなくて東日本大震災のチャリティーコンサートを福島でおこなったり多くの支援をされています。今後のアメリカの活動でも震災のチャリティーコンサートがあります。どうぞ、彼のサイトをご覧になって応援していただけたらうれしいなと思います。







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音楽は背負ってきた自分の歴史や個々の想いを奏でることができるから、人の心に響き動くんやろうね。いい出会いをしたね(*^^*)
[ 2013/04/14 01:15 ] [ 編集 ]
オカリナさんありがとうございます。私は何も演奏できないけど音楽って上手に弾くだけじゃないというのが何となく分かった日でもありました。
[ 2013/04/16 01:16 ] [ 編集 ]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
[ 2015/07/11 18:16 ] [ 編集 ]
Re: 優しいお多福さん
千裕さんのお母様、コメントありがとうございます。私はその後、姜尚中さんのご著書もよんでもっといろんなことを知りました。在日韓国人、在日朝鮮人の方々がどんなに日本で苦労されたかや本国に戻れない理由など。私は日本で暮らしてらっしゃる外国から来られた方皆さんがいつか日本人と同じ権利を全て持ち選挙にも参加して良い日本国をつくって欲しいと強く願っています。息子さんの音楽活動もきっと多くの方に勇気と希望を与えてくれます。私もその一人です。ありがとうございました。
[ 2015/07/12 14:37 ] [ 編集 ]
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プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

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