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かっこちゃんのメルマガからパキスタンのマララちゃんのお話

2014/01/10 13:45 ジャンル: Category:未分類
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マララちゃんの国連での演説のニュースを見た事があります。私も泣けました。きっと私なら今のパキスタンの状況では絶望して何も出来なくなってしまうだろうと思います。だからマララちゃんは本当に凄いと思います。日本で教育を受けた私は当たり前の事に感謝するどころか無理に勉強させられている感じがして、とても嫌だと感じでいた事さえあります。どうしてそんな風に思っていたのでしょうか?答えは何も知らなかったからだと思います。何も知らなくても生きて行ける平和な環境があったからでしょう。以下、山元加津子さんかっこちゃんのメルマガの記事です。

水曜日に友だちがラインで「マララちゃんのテレビをしてるよ」と教えてくれまし
た。ところが、私は宮ぷーのリハビリをしていて、ラインに気がつかなくて、でも、
その日は早くリハビリが終わって、駐車場で、車の中で、途中からですが、テレビを
見ることができました。すごく心が揺さぶられました。
その番組のHPからです。
<引用ここから>・・・・・・
クローズアップ現代http://www.nhk.or.jp/gendai/yotei/index_yotei_3449.html

イスラム過激派が支配していたパキスタン北部で、危険を顧みず、女の子が教育を受
ける権利を訴え続けてきた少女がいる。マララ・ユスフザイさんだ。「一本のペンが
世界を変える」と教育の重要性を語る彼女の声は世界に広がり、ノーベル平和賞の有
力候補として名前が上るまでになった。2012年タリバンによって銃撃を受け奇跡的に
一命を取り留めた今、マララさんの発言は、世界に一層大きな影響を与えている。共
感する女性たちが世界各地で女性の地位向上のために立ち上がっているのだ。このた
び日本メディアとして初めて、マララさんへのロングインタビューが実現。なぜ彼女
の言葉は、世界の人々を共感させるのか?マララさんの強い信念はなぜ生まれたの
か?国谷キャスターが迫る。
<引用ここまで>・・・・・・

それからNHKニュースwebにもマララちゃんのことが載っていました。
<引用ここから>・・・・・・
WEB特集
単独インタ マララさんの夢は
須田正紀支局長

イスラム過激派の銃撃を受けながらも、女性や子どもが教育を受ける権利を訴え続け
るパキスタン人の16歳の少女、マララ・ユスフザイさんがイギリス中部のバーミン
ガムでNHKの単独インタビューに応じました。
彼女がパキスタンでどのような経験をし、そこから生まれた教育を受けることへの思
い、そして、将来の夢は。取材したイスラマバード支局の須田正紀支局長が解説しま
す。

マララさんとは
マララ・ユスフザイさんが世界中の注目を集めるきっかけになったのは、去年10
月、パキスタン北西部の町で、通学バスで下校中にバイクに乗ったイスラム過激派組
織の2人組の男に頭を撃たれた事件でした。
女性が平等に教育を受ける権利を訴えてきた1人の少女を銃撃した事件に国際社会の
批判が一気に集まりました。事件のあと、マララさんは意識不明の重体となりました
が、パキスタンやイギリスで手術を受け、奇跡的とも言える回復を果たしました。こ
とし3月からはバーミンガムの学校に通いはじめ、勉強をしながら世界中の子どもた
ちが平等に教育を受ける権利を訴え続けています。

ことし7月の16歳の誕生日にはニューヨークの国連本部で演説を行い、「1人の子
ども、1人の教師、1冊の本、1本のペンで世界を変えることが出来る。教育こそが
解決の道です」と訴えた姿はまだ記憶に新しいと思います。
国連本部での演説の様子などから、インタビュー前は、どれだけ堂々とした女の子な
のかと想像を膨らませていましたが、カラフルなスカーフを身につけて会場に現れた
マララさんは、小柄で物静かなごく普通の女の子でした。
入院していたころは歩くことはおろか、言葉を発することもできなかったということ
ですが、現在はすっかり回復した様子でした。

インタビューが始まる前の雑談では、母国を離れた寂しさを口にしながらも、「パキ
スタンには四季がありますが、イギリスはまるでいつも冬のようです。もともと冬は
好きですが、3か月か4か月くらいで十分ですね」と冗談交じりに話していました。
インタビューが始まるとマララさんは、はっきりとした口調で、力強く、みずからの
経験や教育への思いを次々と語り始めました。

地元パキスタンでの経験

インタビューではまず、マララさんがパキスタンで生活していた時の様子を聞きまし
た。
マララさんの地元、パキスタン北西部のスワートは、2009年当時、イスラム過激
派の支配下にあり、女の子が学校に行くことは禁じられるようになりました。
その時の心境についてマララさんは、「イスラム過激派は学校に鍵をかけられても、
私たちの心には鍵をかけることはできませんでした。そして、『沈黙している時では
ない。今こそ声を挙げる時だ』と思っていました。私たちの地元で何が起きているの
か、世界に伝えたかったのです」と述べ、教育を受けたいという強い思いから、イス
ラム過激派に襲われるかもしれないという恐怖を抱えながらも、地元の状況をイン
ターネットなどを使って発信し続けたことを振り返りました。

教育のありがたさを訴える

こうした勇気や行動力が評価され、マララさんは、ことしのノーベル平和賞の候補と
して名前が取り沙汰されたほか、ヨーロッパ議会や国際的な人権団体などからさまざ
まな賞が贈られました。
そこで、教育を受ける権利を訴え続ける原動力について聞いてみると、「生きていく
うえで教育がとても大切なものだということを、私は教育の機会を奪われた時に初め
て気づきました。ここイギリスでは、誰もが学校に行き、教育は珍しいものではあり
ません。生活の一部だと思います。でも、パキスタンなどでは、テロや古いしきたり
のため、教育を受けることは簡単ではありません。だからこそ、学校に行けることの
ありがたさが私には分かるのです」と話していました。

将来の夢は

マララさんはまだ16歳にして世界中の注目を集めていますが、将来、どのような夢
や目標を描いているのか聞いてみると、将来の自分の姿を次のように語ってくれまし
た。
「将来の夢は政治家になることです。なぜなら、パキスタン全体を救い、発展させる
ためにはそれが最善の方法だと思うからです。政治家になって教育に力を尽くしたい
のです」と話し、母国パキスタンで初の女性首相となったベナジール・ブット元首相
の名前を挙げながら、政治家になりたいという強い決意を示しました。
およそ1時間半にわたって行われたインタビューでマララさんは、時折ユーモアを交
えながらも、堂々と自分の意見を語ってくれました。

地元パキスタンでは、「マララの言うことは立派だが、パキスタンでの厳しい教育環
境はまだ何も変わっていない。マララを称えるのは時期尚早ではないか」という意見
も聞かれますが、マララさんの訴えはイスラム過激派の恐怖におびえながら過ごし、
教育の機会を奪われたという経験をしたからこそ発することができるもので、説得力
があると感じました。
「教育を受けることは当然」と思いがちな日本の私たち。
マララさんは、「学校で教育を受けることがいかにありがたいことかを知ってほし
い」、そして、「教育を受ける機会を奪われている世界の子どもたちにも目を向けて
ほしい」というメッセージを私たちに投げかけているのだと感じました。
<引用ここまで>・・・・・・

途中からで全部を見ることは叶わなかったのだけど、涙がとまりませんでした。マラ
ラちゃんがまっすぐに、ゆるぎのない言葉で、インタビューに答え続けておられる様
子。そして、おそらくは、たとえ命が奪われるようなことがあっても、あるいは、愛
する自分の国で、売名行為のように言われてしまったとしても、わきあがるようにど
うしても止められない、思いがマララちゃんにはあるのだというそのことに、ものす
ごく心が揺さぶられたのだと思います。
 きっときっとマララちゃんの思いは届いていくだろうと、私は信じています。なぜ
ならば、私たち一人一人の中にも、きっと本当に大切なことがちゃんとあり、みんな
深いところでつながっていると思うのです。だから、こんなに多くの人が心を揺さぶ
られるのだと思うのです。

かつこ
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プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

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