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山元加津子さんのメルマガからいい話

2012/06/21 14:45 ジャンル: Category:未分類
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 第1049号 宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと  
                    2012年6月20日現在 参加者人数5341人
 「6/20 昨日の宮ぷー」      
このメルマガを初めて読まれる方へ 
メルマガの生い立ちをこちらのページに書いていますので、ご参照ください。
http://ohanashi-daisuki.com/info/story.html


みなさん、台風は大丈夫でしょうか? どうぞどうぞお気をつけてくださいね。
昨日、私は考えあぐねて、それでも、回りくどい言い方でしか文章をかけずに、考え
ていたことを、ほのさんかあさんは、なんと温かくそして、胸をうつ文章で、書いて
おられることでしょう。
ほのさんのバラ色在宅生活から
・・・・・
「まざまざと、見せつけろ。」
ほのさんのように「重症」を極めた障害を持つこどもが、「発達」している、という
ことを実感をもって理解できる人は世の中には少ないと思う。かあさんも、「ほのか
あさん」となるまで、そのようなことを理解できるはずがなかった。

ほのさんは、生まれてから9ヶ月間のあいだ、「我が家」に帰ることもできず、モニ
ターなどの機械音が絶えず聞こえる異質の空間、「病室」という場所で過ごした。生
後6ヶ月で、NICUから一般の小児科に転科してからの3ヶ月間は、朝から晩まで、ほぼ
毎日、かあさんもほのさんに付き添い、「病室」で過ごした。その頃のほのさんは、
青っ白い顔をして、あまり表情も感じられず、声もほとんど出ていなかった。かあさ
んはかあさんで、ほのさんをおうちに連れて帰ってから、自分が責任をもってほのさ
んを育てられるように、ほのさんのケアや、急変時の対応、機械類の扱いなどを覚え
ることに精一杯だった。

やっとの思いで、ほのさんをはじめてスイートホームに連れて帰った、4年前の夏。
看護師さんやヘルパーさんや、たくさんの人たちが1日に何度も出入し、なにもかも
助けてもらわなければ自分でできないほのさんと、そんなほのさんを自分ひとりでは
育てていけないかあさん自身を、時には悲しく思うこともあった。ところが、ほのさ
んは、「とうさんかあさん以外」の人たちと、「ケア」を通して、自分自身で関係を
築いていった。
かあさんが間にはいって、ほのさんは、こういう子です、こうされるとイヤがりま
す、などと通訳に入らなくとも、ほのさんはだんだんと、表情や顔色、声など、自分
なりの方法で、自分の力で伝え、理解されていくとともに、「ケア」してくれるたく
さんの人たちを、それぞれの話しかけ方、触り方などで覚え、理解していったのだ。

退院した当初、「とうさんかあさん以外の人から、ケアされることができるように」
という願いを持っていたのだが、それどころかほのさんは、生きていくうえで欠かせ
ない「ケア」を通して、相互的な人間関係すら築いていったのである。自分の力で動
くこともできず、話すこともできないほのさんが、「人間関係を築く」などというこ
とは、当時のかあさんには、考えられなかったことだった。お家で安定した生活を送
ることができるようになり、病院から遠ざかっていると、たまに入院した時に、ほの
さんの「ケア」がうまくいかない、という問題が起こるようになった。
お腹を押しておしっこを出すことも、排痰の動作や、吸引ひとつとっても、簡単なこ
とではないし、はじめてほのさんをみる看護師さんが何もかもうまくできるかといっ
たら、それはとても難しいことだ。

だが問題は、技術的なことや、「慣れ」ということのほかにも、もっと別な、大切な
ことがあるように感じていた。ほのさんは、病院に行くと明らかに、おうちにいると
きとは違う。表情はこわばって固く、得意のおしゃべりも少なく、声を出していても
抑揚がなく、常に叫んでいる。普段ならほとんど下げることもなく100点満点のサ
チュレーションも、突然がくんと下げる。
本人は全身で「心地の悪さ」を表しているのだが、「声にならない声」であるため、
スタッフには届かない。

入院生活から、おうちに戻っても、その「心地の悪さ」が引き起こした全身状態の悪
化はかなり長引き、昨年の秋の入院後には、大量に髪の毛まで抜けてしまった。なん
とか、そこまでほのさんが苦しむことなく入院生活を送れるように、何度も病棟に相
談したが、「おかあさんが一番だから」という一言で話が終わってしまっていた。た
くさんの、時間ごとに決められたケアを、忙しい病院にお願いすることも申し訳ない
という気持ちもあり、また、入院する機会も少ないためうまくいかなくても仕方がな
い、と思いつつも、おうちでは、新しくほのさんをみる人が来ても、それほど苦労せ
ずにほのさんと関係が築け、そのうちにケアもすんなりとやっていただけるのに、何
が病院とは違うのだろうと考えていた。

ほのさんにとって、おしっこがすっきり出た、痰がすっきり取れた、口の中がさっぱ
りとしている、お風呂にはいってきれいになったというような、ケアが行き届いて、
清潔が保たれている状態は、尿路感染を防ぐとか、無気肺や肺炎を防ぐとか、つま
り、「いのち」をまもるために重要であるとともに、「心地よい」という、とても大
切な感覚を生んでいる。ほのさんにとって、その「心地よい」という感覚は、ほのさ
んが生きている中で、とても大切な感覚なんだと思う。健康な人にとって、自分の体
が「調子が良い」という状態は、それほど本人の意識に上らないことであると思う
し、「調子が良い」ということに生きがいなど感じないだろう。

かあさんがかつて、機械がいっぱいくっついた状態で、保育器に入れられた、生まれ
たばかりのほのさんを見て、「この子はこんな状態で生きていて辛くないのだろう
か」と思ったにもかかわらず、ほのさんと接していくうちに、不思議と、「生きてい
る」ことそれ自体を、とても喜んでいるように見受けられたのは、この、「心地よい
状態」のことだったのかもしれない。そして、「心地よい状態」であるために必要な
「ケア」を通して、ほのさんは人間関係を築いているわけだから、「ケア」は、ほの
さんの生きる喜びを作り出すと共に、ほのさんの社会性を作る。

だとすれば、病院で「ケア」がうまくいかないのも納得がいく。緊急度や治療が優先
される環境で、(本来ならばいのちを守る上でも重要なはずなのだが)ひとつひとつ
のケアがおざなりにされ、ケアを行うときにも、本人に声かけがなかったり、嫌がっ
ていないか、痛くないかと様子を見ずにおこなってしまえば、ほのさんはその人と関
係を築くこともできず、ひょっとしたら「やめて」と、いつものように顔を赤くして
目を吊り上げていたかもしれないのに、気付いてもらえず、不快さだけが残り、その
うちに、「やめて」という意思表示すらできなくなってしまう。ほのさんにとっての
「ケア」の深い意味がわからずとも、少なくとも、ほのさんが「何にもわからない
子」ではないということ、本人なりの意思表示がたくさんあるということを一緒に伝
えてもらうべく、先日のレスパイト入院の際に、いつもお世話になっている訪問看護
師さんに同行してもらい、病棟で短時間のカンファレンスを開き、かあさんも参加し
た。

今回から、ほのさんのプライマリーナースになっていただいたKさんを中心に、お家
で行っている「ケア」のやり方を徹底してもらうこと、訪問看護師さんから、ほのさ
んの意思表示やサインについてお話していただき、言葉かけにもよく反応すること
や、話しかけたり、手遊びや読み聞かせなどが大好きで、そんなときには鼻息を荒く
して興奮し、楽しそうにするなど話していただいた。結果的に、これまでの入院時よ
り、ケアのやり方がおうちでのそれに近づいたこともあったが、ケア中に、「ほの
ちゃん、痛くない?」「ほのちゃん、教えてね」などの声かけをしてもらったこと
で、本人の緊張も解け、表情も緩み、看護師さんとほのさんの協力によって、ケアが
されていった。

そして、ケア以外の時にも、看護師さんたちに度々話しかけてもらったり、触っても
らう機会が増えたことで、ほのさん本人の様子が普段により近くなったばかりか、不
思議なことに、看護師さんたちが、ほのさんのちょっとした声の変化や表情の違いな
どに気付いてくれるようになっていった。
4泊5日のレスパイトを終えて帰る日には、プライマリーナースのKさんに対して、甘
えるような、安心しきった表情を見せており、これにはとうさんもかあさんもすごく
驚いた。「おかあさんが一番」それはどんな子どももそうだろうと思う。だが、ケア
に関しては、(ほのさんの胸のうちは、誰が一番かというようなホントの気持ちがあ
るのかもしれないけれど、)誰が一番かということよりも、このひとは、こういうふ
うにしてくれる、とか、このひとは、ちょっとらんぼうだけど、とってもたのしい、
とか、そんな風に理解しているのだ。

それは、相手が誰かによって、同じケアをしていても、ほのさんの反応が本当に違っ
ているので、よくわかる。
先日も、訪問看護師Nさんに対して、聞いたこともないような切ない声で「いや
だ……」と訴えている様子を見て、かあさんは、はっきり思った。ものすごく優しい
Nさんの優しさに、ほのさんはつけ込んでいる……ほのさんは、右向きをするのが、
少し苦手だ。体位ドレナージをしながら痰を出すのだが、かあさんが右向きをさせる
ときにも、一声、大きな声で「うーん」と言って嫌がることもあるが、ほとんどの場
合は、ほろりと涙を流して、ぐっとこらえている。「イヤだ」としつこく言っても、
かあさんはあまりとりあってくれないし、どうせやらなきゃならないんだ、と、ほの
さんはわかっているのだ。

だが、相手がNさんだと、そこは優しいNさん。切ない声で「イヤだ」とかわいく言え
ば、ほのちゃん、どこがいやなの?つらいけど、がんばれる、えらいね、えらいね、
と言ってくれるのを、ほのさんは知っているのだ。痰を取り終わって、体位を整える
ときも、クッションの入れ方など、完全にかあさんのやり方と同じとは言えないまで
も、そんなに嫌がるほどの違いではないのに、ほのさんは、しきりに「ちがう」「ち
がうのよー」と言う。
そして、Nさんが優しく、ほのちゃん、どこがちがう?ここ?ごめんね、かんごしさ
ん、じょうずじゃなくて。と言い、結構長いこと、そのやりとりをするのだ、毎回。

そして先日、あまりにほのさんが長いことNさんに訴えているものだから、Nさんの優
しさに、つけ込んでるんですよ~、と笑いながら話すと、Nさんも笑いながらびっく
りしていた。
びっくりされていたので、かあさんや、そのほかの人にやってもらうときの反応の違
いなどを話した。たとえば、訪問リハビリのS先生とほのさんの関係。固くなってい
る右足首を伸ばすとき。S先生は、いたかったらいってね、と言う。だから、ほのさ
んは、怒ったような大きな声で「ううーん」と言って痛がる。でも、それでもS先生
は止めないことをしっているので、ほのさんは、決して切ない声などださない。大き
な声を出しつつも、必死にこらえながら、がんばっている様子だ。きっと、これは遊
んでいるのではなくて「リハビリ」だということも、ほのさんは知っているに違いな
い。

ほのさんにとって、S先生は「先生」なのだ、きっと。かあさんと2人きりだと、それ
ほど長いことは続かない、右手を動かす動作なども、S先生が、ほのちゃん、やって
ごらんと言うと、タイミングよくやるのだ。S先生も、とてもうまく、ほのさんの意
欲を引き出してくれる。ほのさんも、「じぶんでやるたのしさ」を教えてもらって、
本当に一生懸命没頭するのだ。ほのさんが自分で人間関係を築くこともそうだが、ほ
のさんが自分で動かしたり、意欲をもって取り組む、といった発達を見せてくれると
は、ほとんど夢にも思っていなかった……。

そんな風に、これからが楽しみな、ほのさん。先日、レスパイト中に、この4月にで
きたばかりの、特別支援学校を見学してきた。ほのさんの入院している病院から目と
鼻の先のところにできて、面会に向かう途中、急に思い立って、とうさんとのぞいて
みることにしたのだ。これまで、とうさんとかあさんは、ほのさんに学齢期が来た時
にどうするか、というような話を何度かしたことがあった。
ほのさんのコンディション的な問題や、移動のリスク、ほのさんの可能性を一番引き
出せる方法を考えて、先生におうちに来ていただく、「訪問籍」がいいのではない
か、というのがとうさんかあさん共通の意見だった。

だがそんななかでも、このところのほのさんの成長の様子をみていて、なんでも自分
の思い通りにしてもらえる今の環境、おうち以外にいくととても緊張することなどと
考えると、おうちやかあさんから離れた場所で、おともだちに交じって、「順番」や
「我慢すること」、「緊張しながらも自己主張すること」を、覚えていって欲しいと
いう思いが強くなっていた。たまたま立ち寄った、真新しい特別支援学校。すでに生
徒たちの下校時間は過ぎていて、ちょこっと外観をみたら帰ろうと思っていたのだ
が、駐車場に車を入れたところ、職員の方が声をかけてくださって、ほのさんのこと
をちらっと話したら、中を案内してくださることになった。この特別支援学校は、市
内2校目で、市の、「誰もが共に暮らすための障害者の権利擁護等に関する条例」の
理念を実現するための拠点に位置づけられ、地域や近隣の幼稚園、小中学校との連携
交流を積極的に進めていくという。

まずは、校内にある、「特別支援教育相談センター」の職員さんとお話した。ほのさ
んはいま、年中さんの年齢にあたるのだが、来年、つまり、年長さんの4月から、
「就学相談」なるものが始まるという。そのほか、事務的なことなどをうかがってか
ら、校内を教頭先生に案内していただいた。日当たりが良く明るい新しい校舎、あち
こちに、こどもたちのカラフルなバギーが停まっており、下校時間は過ぎていたが、
こどもたちの楽しそうな顔が見えるようだった。
床暖房を完備、温水プールや、意思伝達装置、調理実習のお部屋など、整った設備。
小学校から高等学校までの生徒たちが、スクールバスを利用して通っており、もとも
と、「通う」ことを想定して建てたので、訪問籍の生徒はいないという。

最後に、入学式などを行う広い体育館を見せていただき、広い構内1周を終えた。ど
こもかしこもため息が出るほどすばらしく、体育館にたどり着いたときには、そこ
に、緊張した面持ちでバギーに乗っているほのさんの顔すら見えるようだった。見学
を終えて、これまで、色んなことを考えてきたとはいえ、早々と「訪問籍」がいい、
なんて結論を出してしまっていたこと、ほのさんの気持ちをちゃんと聞いたり、学校
がどんなとこなのかきちんと説明したり、見せてあげたりもしないで、どうしてそん
なことができるだろうと、愕然とした。結果的に、通うことになっても、訪問籍で
も、それは、どちらでもいいのだ。「あなたのためをおもって」なんて、勝手に決め
て、可能性を潰してしまうところだった。

いろんな選択肢があることは、喜びでもある。果敢にチャレンジすることもできる。
障害があるから「就学免除」なんて、差別というより、ナンセンスだ。かあさんは、
ほのさんに「障害」とよばれるものがあることを、気にしていないし、恥じてもいな
いし、なんていうのか、気にとめていない。でも、「ふつう」にはいかないこともよ
くわかっているから、「ふつう」に入れないことも仕方ないと思う。いろんな不自由
さがあっても、通えるかもしれない「特別支援」学校なんてところがあること、先生
がおうちまで来てくれるかもしれないこと、すごいなあ、なんて呑気に思ってしま
う。それはきっと、ほのさんには、「特別支援」などという言葉がつく学校や、ある
いは先生にきていただくことが、良い方法であり、ほのさんの居場所だと思うから
だ。

そうではなくて、人工呼吸器がついていても、医療的ケアが必要でも、普通の学校に
通いたい、という願いをもっている子どもにとって、そういう「条件」だけで、その
こがどういう子で、どんな願いをもっているか知ることもせず、「特別支援学級」や
「特別支援学校」にふりわけてしまうような機械的な「就学相談が行われ、入学先が
一方的に決められてしまうのであれば、それは全く意味が異なると思う。誰もが「ふ
つう」に生きるというのは、例えば「普通学級」に進学することではなくて、本人に
とって心地よい場所、可能性を広げられるところで過ごせるということ、そのことを
妨げられないこと、そのために必要な手助けが「ふつう」にされることなのかな。

そういう世の中なら、自信をもって胸張って、「特別支援」学級にでも「特別支援」
学校にでも、進学できるし、そこに通っているこどもたちが特異な目で見られること
もない。
だって我が家は、あの特別支援学校に通えるかもしれない、ほのさんが通えるかもし
れない、と考えるだけで、胸が踊るのだから。「重症児」や「超重症児」などとよば
れるこどもたちに接したことがなければ、なかなか理解しにくい。
だが、人はみな、障害があろうとなかろうと、病気があろうとなかろうと、発達し、
成長していく、社会的な存在なのだ。発達や成長に、「ふつう」という尺度はない。
それぞれ、だ。そのことをいま、ほのさんの成長に、まざまざと見せ付けられてい
る。
・・・・・

ほのちゃんとほのちゃんのかあさん、ありがとうございます。昨日鈴ちゃんのママが
言ってくれた「あたりまえ」ということ、「ふつう」ということには、本当に尺度な
んてなくて、「人はみな、障害があろうとなかろうと、病気があろうとなかろうと、
発達し、成長していく、社会的な存在なのだ」ということ。そのことにつきるように
も思います。

今日は病院のお父さんが「お母さんは元気やけど、お父さんは元気じゃないぞー」っ
て言われるので「どうしたのですか?」と言ったら「痛風や」と言われました。痛風
はものすごく痛い病気だって知っています。大好きな三五館の星山さんが、痛い痛
いって言われていたのを知っています。「病院に行ったのですか?」と聞いたら、
「わっしゃ病院に行くときはもう痛くてたまらんくなって、動けんくなったときや。
痛みどめ飲んでもきかんと、足の親指から他の指まで真っ赤になったら、もう動けん
のや」って。それで、昔お母さんが、いつもそんなお父さんのために、病院へお薬を
もらいに行ってくださったそうです。

お母さんとお話ししていて、「お父さん心配やね。あーあってお父さん言うてるよ。
お母さんもあーあって言って」と言ったら、お母さんも口をいっぱい動かしてあー
あって言おうとされているのがわかりました。お父さんが「母さんはわしが、痛風に
なるのよお知っとるもんな」とおっしゃるたびに、目をぎゅっとつぶって返事をされ
ていて、お父さんが「明日の朝が勝負や、明日の朝、もっと痛くなって、足にでかい
針さしたみたいに、ずきんずきんってなったらもうおしまいや」なんておっしゃるの
で、お母さんと一緒にお祈りしようって言って目をぎゅってつぶったらお母さんも目
を閉じてお祈りをされているんだなあってわかりました。お父さんの足がはやくよく
なりますように。

「どこへ行けばかっこちゃんに会えますか?」とお尋ねをいただきました。7月まで
は以下のところで講演会を開いてくださっています。6月30日は大阪で二か所、7月
1日は福井で、7月15日は香川県の高松市、そして7月16日は徳島県で講演会がありま
す。
くわしくはhttp://www005.upp.so-net.ne.jp/kakko/sakuhinten/sakuhinntenn.htm
でご覧下さいね。

かつこ

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プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

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