バークレイ お多福

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2012年8月3日山元加津子さんのサンフランシスコ講演会と映画上映

2012/08/05 15:24 ジャンル: Category:未分類
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昨日、山元加津子さん愛称かっこちゃんの講演会がサンフランシスコST.MARRY'S CATHEDRALで行われた。主人と私は2人で出かけた。私はかっこちゃんの日本、兵庫県のあるところで行われた講演会の映像をインターネットで観てそのとき初めてかっこちゃんの存在を知った。

でも初めはかっこちゃんの言っている事が良く理解できなくてあんまりピンとこないなーなんて思いながら過ごしていたのだけど突然かっこちゃんの言葉が思い出される。インターネットで観た講演では障害を持った子供たちがたらこ(魚の卵)の数を数えるにはどうすればいいかアイディアを出してあるグラム、例えば5グラムのたらこを取り出してそれを数えてから全体の重さを量って割合を出し全部の重さにかけ算してたらこ全部の中の小さなひとつぶひとつぶの数を出す。この計算を子供たちが考えついたという話があった。

全体の数を先生に教えてもらわずにアイディアだして計算して答えを出した子供たちの話もすごいと思うのだけど、私はその後の話がとても心に残っていた。たらこの卵の数はとても多い。しかしそれが全部魚になって育つ事はない。卵のときに何割かは他の魚などに食べられてしまう。稚魚になってもまた何割か食べられてしまう。最後まで生き残っている魚は初めの卵の数に比べればほんの少しの数だろう。では、魚はたくさん卵を産んで損するのか?そうではなくて魚は他の生物の餌の分まで卵を産んで他の生物をも生かしているのだった。自然てなんてふところが大きいのだろう。食物連鎖の本当の訳は生存競争ではなくて自分以外を生かすためのものだったんだ!そう気がついたとき私はもう、どうしてもかっこちゃんとつながりたくて苦手なパソコンでかっこちゃんの事を色々調べてみた。

そしてなぜかかっこちゃんのツイート(Twitter)を見つけて何も知らないまま自分もツイートに参加したけどかっこちゃんにコンタクトがとれない。主人にTwitterは携帯電話で手軽にできるメール交換なのでアメリカと日本では時差もあるし私は携帯電話も持たないので難しいだろうとの事だった。でもかっこちゃんは次の日にツイートで私をフォローしてくださった。それから『宮プーこころの架橋ぷろじぇくと(http://ohanashi-daisuki.com/info/story.html )』というメルマガにも登録して色々かっこちゃんの活動を知るようになった。

その週数間後に『白雪姫プロジェクト』を立ち上げるのでみなさん協力してくださいというかっこちゃんのメルマガがきたが私にはまださっぱり分からなかったけど何かできる事と思いついたのが今こうして書いているプログだった。ブログがどういうものかもあまり分からないまま何かわけの分からない力に従ってブログデビューしてしまった。結果、本当に数々の失敗を繰り返しなんとかプログも一人で作れるようになった。自分でも信じられない。もっと信じられないのはいろんな私の知らない方も読んでくださっていることだった。いつもつたないブログを読んでくださって本当にありがとうございます。皆さんのおかげで続いています。そんな訳で今に至るのです。

昨日のかっこちゃんの講演会ではかっこちゃんと子供たちとの感動の出会いの数々が話に出てきた。何度きいても泣ける。そして岩崎靖子監督の『僕の後ろに道はできる』の上映もされた。この映画はかっこちゃんの同僚でとても親しい友人宮プーこと、宮田さんが突然、脳幹出血によって意識障害に陥り、もう一生植物状態だと宣告されてから実の妹さんやかっこちゃんを始めたくさんの人に支えられて回復していくというドキュメンタリー映画だった。主人も私も映画を見てとても感動した。私だけでなく主人も泣いていた。

実は主人には私と再婚する前に先妻さんとの子供が2人いた。長男はブログにもたまに登場しているヒカル。そしてもう一人、次男は太陽君だった。先妻さんが病気で亡くなりその後数ヶ月で後を追うように肺炎で次男の太陽君は22歳で亡くなったらしい。

太陽君は生まれて6ヶ月ぐらいで染色体の異常がみつかった。そのときのショック。そしてこれからどうすればいいかなどの不安で毎日本当に大変だったと思う。太陽君は成長して車いすに乗れたし、トイレにも自分で行けたがだんだん寝たきりの状態が多くなったようだった。それに伴う肺炎を何度も繰り返した。学校に行かせるにもてんかんの発作があるので発作が起きるたびに学校側がびっくりして救急車を呼んでERに連れて行かれる。連れて行かれても主治医はいないので一から調べられてなかなか家につれて帰れない。何時間もかかってやっといつもの診断がくだされて家に帰れるという状態だったらしい。本人も両親もクタクタになる。主治医の話だと発作を起こしても太陽君の場合はしばらくすると回復するので大丈夫という事だったが学校側にそれを伝えても理解してもらえなかったらしい。学校側も万が一の事を考えてのことだ思うと仕様がなかったのかもしれない。いろんな事が生活にも障害をきたす。うまく行かない方が当たり前になってくる。

主人が私と再婚するときに太陽君が亡くなって3年経っていた。主人はなぜ太陽君が障害を持ってこの世で苦しんで生きて死ななければならなかったかとずっと考えていた。私は太陽君の写真を見ていつも幸せそうに笑っているのに気がついた。だから太陽君は生まれてきて、主人や先妻さんの愛情をいっぱいもらって本当に幸せだったと思うと私は彼を慰めた。だって写真の顔はどれも本当に幸せいっぱいの笑顔だから。

宮プーの映画「僕の後ろに道はできる』を観て主人は太陽君の事をいっぱい思い出したと思う。そして後で言っていたがもし、白雪姫プロジェクト(http://shirayukihime-project.net/index.html)を知っていれば太陽君にもっと色々してあげられてもっと良い状態に回復できたのではないかと思うと言った。その気持ちが私にもとても悲しく伝わった。

話は少しそれるのだけど、今年の3月に日本からつれてきた自分の娘のように可愛かった猫が突然病気で死んでしまった。猫の話で申し訳ないが、私は誰に馬鹿にされても恥ずかしいと思えないほど悲しんだ。もう、自分が狂ってしまうかもしれないと思うほど泣いた。泣きすぎて頭が痛くなって眠れなかった。寝ながらも泣いているしもう、本当に訳が分からないほどだった。主人や子供に心配をかけてはだめだと思いながらどうする事もできなかった。でもこのままではだめだと思って猫のトイレやベット、餌入れ、爪研ぎ、おもちゃなどを片付けた。そうしたら部屋が広くなって余計寂しくてまた泣けてきた。トイレをいつも綺麗にしないと用をたさない猫だった。だからいつも面倒だけど何回もトイレの砂を掃除した。できなくなったとたんにもっとやりたかったと矛盾する感情がわいてきた。

こんなどうしょうもない私に主人は太陽君が亡くなったときの話をしてくれた。主人もまたもっとおむつを替えてやりたかったと言っていた。まさにこのときの私の状態、この苦しい状態、いやもっと何倍もつらい状態を主人は乗り越えたんだと思った瞬間に私は立ち直れた。それでも自分の世話の仕方が悪かっただのもっと可愛がってやれば良かっただの理由を付けて自分を責めていた。今度は義理の息子が「ゆかりの責任ではない」「お母さんが亡くなったときに僕も自分を責めたよ。でもそれは違うとわかった。だから自分を責めてはだめだよ」と言ってくれた。ヒカルもまた私以上に苦しい日々を過ごしたんだと思うと私はもう泣かない事にした。2人の優しさに感謝して乗り越えた。

太郎が生まれたときに太陽君の生まれ変わりかもしれないなどと主人と言っていた。それで太陽君から一字もらって太郎という名前になった。私たちは生まれ変わりを信じたいなと思った。

話は戻って宮プーの『僕の後に道はできる』の映画は素晴らしかった。私はやっぱりすごくショックも受けた。ハンサムで頑丈そうな宮田さんが倒れて別人のように寝たきりになってから自分の意志が伝えられるようになったときに「これは現実?ゆめ?(自分が倒れた事)とかっこちゃんに聞いている場面があった。自分でも信じられない現実を自由の利かない身体で受け止めなくてはならない。こんな残酷なことがあっていいのか?と本当につらく感じた。そして宮プーのがんばり。本当にすごい!あのがんばりを観て感動しない人はいないだろう。そして自分もどんな事があってもがんばろうと思いなおせる。

そしてこの映画はすさまじいドキュメンタリーで重いテーマなのにとても全体に優しくて愛に包まれた感じたと主人と話していた。監督の岩崎さんは本当にすごいと思った。とても良い映画なので皆さんご覧ください!自主上演(http://www.heartofmiracle.net)も30人からでできます。

私も映画を見てかっこちゃんの活動をもっと理解できたし、もっと応援したいと思った。山元加津子さんは本当に素晴らしい人だった。実は今回初めてお会いした。お会いしただけで泣けてきた。本当に天使みたいで時々とても強くなる。その強さに私も引っ張られる感じなのだ。

突然の山元加津子熱にうなされて周り(友達や主人)を巻き込んだこの数ヶ月であったがかっこちゃんご本人にも会えたし、これから地に足つけて白雪姫プロジェクトを応援したいと思います。かっこちゃんを始め日本から一緒にいらっしゃった皆さんが講演会の最後に映画の主題歌を歌ってくださった。それもとてもよかった。本当にあたたかなアットホームな講演会でした。みなさんおつかれさまでした。そして素晴らしい講演会をアメリカで実現していただいてありがとうございました!!!



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初訪問
ゆかりさん御家族の人柄が伝わってくる素敵なブログですね。
これから過去記事も読んでみたいと思います。
あとブログをリンクさせてもらってもいいですか?
[ 2012/08/10 15:51 ] [ 編集 ]
RNさん早速のコメントありがとうございます。是非!リンクしてください!
[ 2012/08/11 14:58 ] [ 編集 ]
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プロフィール

お多福ちゃん

Author:お多福ちゃん
ゆかり マッカーシー 2006年
結婚を機にアメリカ カリフォルニア バークレーに住む。 山元加津子さんの「白雪姫プロジェクト」に賛同し応援するために苦手なPCと向き合いブログを始める。下の「白雪姫プロジェクト」をクリックしてください!

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